17日目

 相棒であるエールステゥ失踪から暫くの時間がたった。


 現状、行方知れずのままという訳ではなく事故によって別の場所に跳ばされている……という事態こそ把握出来ている。が、だからといって直ぐに迎えに行ける訳ではない。そのための方法を現在も解析中だが、ルカーディア曰く非常に難易度の高い術式であるらしくなかなか上手く進んでは居ないらしかった。

 正直、定宿である黄昏の梟亭に戻ろうかとも思った事はある。しかし戻った所でさすがにエールステゥの事が気になって仕事になる気がしないのもあったし、何より此処を離れることが諦める事とイコールになりそうな気もして。


 結局、やれる事もろくにないままガルムはアンブロシアの町に留まっていた。
 とはいえ、長期間留守にしているとうっかり死亡扱いされかねない。宿の亭主へと現状を報告する書簡をルカーディアに頼んで用意してもらい送りつけたのが10日ほど前の話である。


「しっかし……状況の進展がろくにねぇな」

「そう言われましても困ります」


 海洋考古学研究機構《アクエリア》からの計らいで留まっている宿、海鳥の留り木亭。その食堂の一角に陣取って、訪れたルカーディアの話を聞き流しながらガルムはため息を落としていた。
 細々とした情報は増えていくが、劇的な進展はない……という事態に変わりはない。それ故の愚痴である。勿論きいているルカーディアもそう愚痴りたくなるガルムの気持ちも判るからか、呆れた表情こそすれど責める事はなかった。


「実質、エルゥさんもあの遺跡の機能を理解していたかは怪しいのです。もしも何らかの情報をすでに得ているのならばそれなりのメモを提出していてもおかしくはありません。が、ソレは無い。彼女は本当に、偶然、起動している所に巻き込まれたのでしょう」

「ろくでもねぇ運の悪さだなアイツも」

「確かに。しかし私達研究者から言えば、彼女はとても運が良い。仕組みもわからぬ古代の遺跡、その起動中のタイミングに偶然居合わせるなんて願っても難しい話ですからね」

「それで迷惑かからねぇなら構わねぇんだけどな……」

「難しいですねぇ」


 苦笑いしつつテーブルの上に広げていた書類を片付けるルカーディア。それでは、と一礼をすれば立ち去る背中を見送る。
 彼はこの失踪事件の件もだが、海洋考古学研究機構《アクエリア》の運営にも関わる上級職員の一人であるらしい。常日頃忙しい中、それでも一々部下ではなくルカーディア自らが報告に来るというのもなかなか律儀な話だが。曰く、一応依頼をしたという立場もありますから……との事だがその真意は、さてはて。


「しかし……どうしたもんかね。そろそろ待ちくたびれて来たぜ」


 何らかの解決手段が見つかれば真っ先に動けるように。その準備だけは怠っては居ないが、だからといって長期待機を歓迎しているかと言えばそうではない。正直、気ばかりが焦ってあまりゆっくり休めないというのが一番の大問題だ。こうなるとただ時間が過ぎ去るのを待つ事事態が苦痛になってくる。


「嗚呼……だりぃ……」


 長身を縮めるようにテーブルの上に突っ伏すガルム。
 気怠げに重々しいため息を吐き出す。


 そんな時だった。








「やあやあやあッ! 相変わらずキミはアレだねッ! 無駄にデカイねッ!!」

「……こうもデカイと邪魔臭いネェ……」

「………………ぁ゛あ゛?」


 聞こえた声にガルムは顔を上げる。
 胡乱な眼差しを向けた先には二つの人影があった。


 やたら大きな声を張り上げていたのは翡翠がかった金の髪をした男だ。年の頃は三十代後半から四十代前半といった所か。
 やたらごちゃごちゃとした衣装を引き摺り、背には竪琴を携えている。一見すると吟遊詩人か何か、といった風貌である。鮮やかな黒の瞳でガルムの視線を見返せばカラカラと笑う。威嚇の意味も込めたドスの利いた唸り声も何処吹く風……といった様子だ。

 その傍らにひっそりと控えているのがもう一つの声の主だろう人物である。
 やはりこちらも三十代から四十代ぐらいの男で、黒のローブで前進を覆い隠している姿はこの場にあってやたらと浮いて見えた。どこか陰鬱な気配を隠そうともせず、軽くウェーブのかかった白髪の隙間から紅い瞳が檻の中の動物でも見るような視線を向けてきている。


「……テメェら……」

「ガルムは相変わらず元気そうだねぇッ! 事情は聞いたよッ!」

「はぁ!? 何でまたお前らが」

「宿の亭主が心配していたからダヨ。……オマエが付いていながら、不甲斐ない話ダネ」

「……チッ」


 舌打ち一つ。ガルムは口を開く。


「ルイに、ヒプノスか。……わざわざ何の用だ。冷やかしならぶん殴ってお帰り頂くぜ? 今、俺は機嫌が悪いんでね」

「野蛮だねぇ、ガルム・ルー・ガルー。ボク達はキミの助けに……と派遣されたというのニ」

「派遣ってよりも暇だから手伝いに来ただけだがねッ! 勿論無償だともッ!!」

「嗚呼うるせぇとりあえずテメェはもうちょっと音量下げろ馬鹿!!」


 ルイへと怒鳴りつつも、鋭い視線を二人に返しながらガルムは唸った。


「……まぁイイ。現状、他にやれる事も俺だけじゃ無いからな。……テメェらが動くってんなら、俺も付き合うさ」

「グッド! イイ返事だねッ! さぁ、とりあえず最新情報をくれないかいッ? まずはソレがないと動くに動けないってものだからねッ!」

「ったく……来るなら、もう少し早く来いってんだよ」


 そうすりゃ俺が一々説明しなくても良かったってのに。
 唸る表情は酷く面倒くさそうなものだった。