41日目

 決して相容れぬ相手というものは、必ず居るものだ。
 それが今、目の前にいる。

 その確信だけを得て、ガルムは叫んだ。


「ヒプノス! ルイ!!」

「了解だともッ!」

「言われるマデもないヨッ!」



 常ならば必ず何らかの形で反発し合う事も多くあまり固定の面子以外とは上手に組めない事で定評のあるこの三人だが、それでも唯一と言っていい誇れる利点がある。腐れ縁、といえる程度に長い付き合いを経てお互いの間に築かれている、いっそ無責任とまで言える程に一方的な信頼だ。
 何もない時ならばともかく、その場での最大限の危機を前にして連携する事が出来るここぞという時の連帯力。三者の間には微塵の躊躇も無く、今出来る最大限の力を組み合わせる動きに遅れはない。

 ルイの手でかき鳴らされた竪琴がガルムに加護と助力を与え、その力を得て即座に影を回り込むようにして二人と合流すると同時。ヒプノスの詠唱とともに三人を囲むように展開された宵闇色の結界が何かを弾く音がする。まるで結晶をまとめて砕いたような華奢な音が水中に響き渡り、結界にヒビが入った。


「!!」


 反射的に、ガルムは二人の前に出る。加護を得て、魔力を宿した得物の双剣が眼前の水中を薙いだ。何も見えない。水の流れにもほとんど変化はない。が、確かな手応えとともに何かが霧散する気配を感じとってガルムは背筋を凍らせた。今の動きは、完全に勘だったのだ。


《……ほぅ? 今の一撃に反応出来るか。面白い》


 砕かれ消えていく結界の向こう側。
 薄ぼんやりと見える何者かは確かに笑ったようだった。


《すぐに無力化出来るかと思えば……コレは正直、想定外だったな》


 続けて影は腕を凪ぐ。
 やはり何も見えないが、勘を信じて刃を翳せば強い衝撃。


「オイッ! ……奴の位置は!?」


 余波に浅く肌を切り裂かれた痛みに顔を顰めつつ、ガルムは吠える。不可視の攻撃の正体がわからない。勘で何となく来る方向と威力はわかるが、そんな曖昧な対応でいつまでも捌いていられるわけもない。
 反撃の糸口を掴めないものかと、その解析をしているだろう者達へと投げる声には焦燥の色が滲んだ。これが陸上ならばともかく海中というのも不利な条件の一つだ。少しでもそれを改善する情報が欲しいと望むのも当然のことだろう。


「把握不可能! ッタク、何なんだいコイツはッ!?」

「コチラも手がかりが殆ど無いよッ! ……居るのに居ない、とはまるで実体化した幻みたいな奴だことだねッ!?」


 ジャンッ、とルイの手で一際激しくかき鳴らされた竪琴とともに水流が巻き起こる。それは影を飲み込む荒々しいうねりだ。水精に干渉しての何らかの術式なのだろうそれに、相手の姿がかき消される。
 追い打ちをかける様に、ヒプノスが複雑な呪印を描いた。瞬時にその足元や周囲に落ちる影がうねりを見せたかと思うと、鋭い刃に姿を変じて水流の只中に飛び込んでいくのが見える。波状攻撃のタイミングは絶妙で、さすがは長年コンビを組んでいるだけはあった。


「……で、どーすんだよ! このままだとジリ貧だぜ!?」

「わかってるトモサ! まったくキミという奴は、煩いネェ!!」


 相手からの攻撃が止んだ僅かな合間に睨み合う二人。
 と、そこに空気を(多分、敢えて)読まず分け入ってくるのはルイだった。


「喧嘩はソコまでにして、時間稼ぎを願えるかなッ? お二方ッ!!」

「ンン?」

「ァ? 何かイイ案でも浮かんだか?」

「まっ、試してみてもイイかなと言う程度の策だがねッ! 少々手間取るので数分程守っていただけると助かるねッ!!」


 その言葉に顔を見合わせたガルムとヒプノスだったが、渋々と言った表情で頷く。


「仕方ないネ……手早く頼んダヨ」

「言っとくが、マジであの不可視の攻撃、長くは凌ぎきれネェからな」


 その返答に満足気に笑うと即座に何らかの準備に入ったルイから視線を外して、ガルムは収まりつつある水流へと向き直った。 普通ならばマトモに佇む事すら難しいだろう空間の中、微動だにしない影がうっすらと見えている。目視できる限りが正しいならば怪我一つ無い様に見える。なるほど、実体化した幻とは上手く言ったものだ。
 その口元に不敵な笑みを見かけて、ガルムは眉根を寄せる。コチラが手を出しあぐねている様子を楽しんでいるのだ。この感じからして、今の合間に攻撃がなかったのも相手の余裕からだろうと察せられる。







「せめて一発ぐらいはぶん殴りてぇ……」

「珍しいケド……激しく同意、ダネ……」


 二人揃って、コケにされて黙っていられるほど大人しい性格はしていない。どちらかといえば、揃って売られた喧嘩は買っていくタイプの人間だ。こんなあからさまな挑発をうけて、ハイそうですか……と流してやるつもりなど欠片もなかった。
 双剣を握りしめヒプノスへと無造作に差し出すガルム。何も言わずとも意図は知れた。ヒプノスが呪文の一節を唱えれば、影が刃にまとわりつくようにして鋭さを引き上げ魔力を付帯させる。


「あまり何度もは弾けないヨ……あの一撃、かなりオモイ」

「ジューブン。それまでにゃルイが何とかすンだろ」


 不機嫌気な眼差しを向けての二人の会話が途絶えれば、敵は口を開いた。


《……さて。作戦会議は終わったかね?》

「うっせークソ野郎。絶対一発は、ぶん殴ってやっからな……!」


 必ず一矢報いてやる。
 その覚悟を胸に、ガルムは刃を手に床を蹴った。