静けさの中に、ゆるりと紡がれる――…
それは、古の御伽噺。







【 星に願いを−3− 】






「それは、遠い遠い…昔のお話ですが。

夜空に輝く天の川…その畔に、天帝の娘で『織女』と呼ばれるそれはそれは美しい天女が住んで居たそうです。
『織女』は、天を支配している父親である天帝の言いつけをよく守り、毎日機織りに精を出していました。
彼女の織る布はそれは見事な物で五色に光り輝いたとも…
或いは、季節の移り変わりと共に色どりを変えるとも言われた、不思議な錦だったそうです」


「天帝…ってのは、王様みたいなモノなのか?」


「そうですね…バチカルで言う国王、マルクトでいう皇帝みたいなものですね」


「そして『織姫』は王女、ってことだな」


「ふぅん…王女なのに働いてるとか、まるでナタリアみたいだな」


「…はいはい、話の腰を折るのはソコまでにして…続けますよ?

さて…天帝は娘の働きぶりに大変感心していました。
しかし、年頃の娘なのにお化粧一つせず仕事にせいを出し、恋をする暇もない娘を不憫に思ったのでしょうね。
天の川の西に住んでいる働き者の『牽牛』という牛飼いの青年と結婚させることにしたのです。

こうして『織女』と『牽牛』の二人は、出会い、夫婦として新しい生活を始めたのです」


「…なー、ガイ? ちょっと俺気になったんだけどさ…。
さっき言ってた恋人ってのはもしかして…」


「そう、この二人のコトさ」


「夫婦なんだろ? だったら何時も一緒にいるもんじゃねーの?
何で1年に1回だけなんだ?」


「それは、聞いてれば追々分かる…というか、ちゃんと聞いてないと雷が落ちるぞ?」


「…っ!」


「ははははは、嫌ですねぇ…この程度で雷なんて落としませんよ♪」


「その『♪』が胡散臭いんだよなぁ…旦那が言うと」


「ま、続けますよ?

さて、御目出度いコトに結婚した『牽牛』と『織姫』の二人。
所が、結婚してからの織女は牽牛との暮しに夢中で毎日遊びに耽りはしゃぎ回るばかり。
仕舞いには、機織りまでをもすっかり止めてしまったのです。

天帝も鬼ではありませんからね…。
始めの内こそは、こんな二人の様子を『新婚だから』と大目に見ていてくれたんですよ?
でも、何時までもそんな有様が続く上に改善される様子も無いとなると話は別。
眉をひそめざるを得ないのは、当たり前という所ですね。

…そんなワケで、天帝はすっかり腹を立ててしまいました。
遊びほうける2人の所へ出向くと、

『織女よ、お前は機を織ることが天職であることを忘れてしまったのか。
心得違いをいつまでも正さず、放っておく訳にはいかない。
再び天の川の岸辺に一人戻って、機織りに精を出しなさい』

と、告げたのです。
更に付け加えて、

『心を入れ替えて一生懸命仕事をするならば1年に1度。
7月7日の夜にだけ、牽牛と会うことを許してやろう』

と申し渡しました。
勿論夫婦ですから、『織女』は『牽牛』と離れて暮すのがとても辛く涙にくれるばかり。
しかし、父である天帝に背く事もできません。
何といっても、相手は王様ですからね…勅命を覆すコトは出来ませんし、大体自業自得が引き起こした事態です。
ですから、『牽牛』に別れを告げるとうな垂れて天の川の東に帰ったワケですね。

…それ以来というもの。
『織女』は自分の行いを反省し、年に1度の『牽牛』との再会を励みにして以前のように機織りに精を出すようになりました。
そして、引き離されてしまったとはいえ『牽牛』も勿論思いは同じですから?
やはり一生懸命に働いて、共に7月7日を待ち…その日が来れば晴れた空の下、天の川を渡って逢瀬を重ねた――…」


「と、いう物語なワケだ…分かったか? ルーク」







ジェイドの長い長い語りが終わり、思わず潜めていた息をほぅと吐き出した。
如何だ?…と言いたげな表情のガイに、ルークは頷いて見せる。
何ていうか…







「ティアとか、ナタリアとかが喜びそうな話だな…コレ」


「だろうなぁ…ナタリア辺りは大喜びすること間違いないだろうな。
その光景が目に浮かぶようだ」


「ティアも、普段は興味が無いようなそぶりを見せますが…女性らしい一面も見られますからねぇ。
きっとこういう話は好みでしょうね」


「その辺、アニスはあまり気にしなさそうだよなー…金が絡んでないから」


「そりゃ、言えてるかもな!」







そう言って、三人で笑い合う。
勿論、女性陣が居るであろう隣の部屋には聞こえないように抑えめな声で、だ。
押し殺した声でひっそりと、肩を震わせて。

だが。
他愛も無いコトでそうやって笑い合う楽しい時間は、唐突に終わった。
ルークが、笑うことを止めたからだ。

そんなルークを、残る二人は怪訝げに眺めやる。







「? ルーク…如何したんだ?」







体調でも崩したか、などと心配するガイに対してルークは徐に噤んでいた口を開いた。
それはそれは、マジメな表情をしたままに。







「なぁ、ガイ…俺、聞きたいコトがあるんだけど。
さっき、ジェイド言ったよな? …『晴れた空の下』って」







何処か、泣きそうな顔をして。







「…――それってつまり、雨だと二人は逢えないってコトなのか?」
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