「……………『タナバタ』?」
独り言だ何て、分かっていたけれど。
思わず声に出してしまったのは、その響きが聞き慣れないモノだったから。
【 星に願いを−2− 】
ルークからすればそんな大きな声を出したつもりなど無かったのに、ガイは耳聡く気付いた様だった。
この元使用人は、元主人のコトとなると妙に勘が良い所がある。
その一端を垣間見るコトとなった訳だが…今回ばかりは、余り嬉しくない。
「? 何だ、寝るんじゃなかったのか」
「…べ、別に…っ、何時寝ようが起きようが俺の勝手だろ…っ!」
反論すれば案の定、向けられる微笑ましいモノでも見るかの様な眼差しと声音。
シーツに殆ど隠れた眉間に、自分のオリジナル顔負けの皺が寄る。
(子ども扱いするなよなっ!)
「っていうか、何なんだよ…その『タナバタ』って」
自分の考えてる事など、付き合いの長いガイ相手には筒抜けなのかもしれない。
一瞬だけ、何時もの「仕方が無いな」と我侭を容認する際に見せる表情を覗かせて。
直ぐに何時もの好青年面に戻れば、カレンダーを指し示す。
「『七夕』ってのはな、ルーク…俺の故郷であるホドで、昔から伝わる御伽噺みたいなもんさ」
「御伽噺…?」
「そう、一年でたった一夜…『七夕』の夜だけに出会える恋人の物語、なんだけどな。
そのたった一夜ってのが、毎年の7月7日って言われてるんだよ。
…今日は、7月7日だろ? つい、思い出しちまってね」
「ふぅん……どんな話なんだよ、それ」
「ん? 知r――…」
「…――知りたいですか?」
『…。……。………。』
唐突に。
そう、それはまさに唐突に。
雨音のもたらす静けさが満ちる室内に、響いた声があった。
「って、うぉぉおおおおお!? だだ、旦那ぁああああ!?
と、唐突に背後取るのはやめてくれっ!!!」
「じ、ジジジジェイドォォォオオオオオ…ッッ!?
何時の間に現れたんだよお前……ッ!!??」
「失礼ですねぇ…まるで人を化け物みたいに言うのは止めてください。
何…つい先ほど、戻ってきたばかりですよ。
そうですね、ちょうど『七夕』の話をしている頃ぐらいから…でしょうか?」
眼鏡をクィと押し上げる仕草と共に、わざとらしいため息の音。
気のせいか(いや、きっと気のせいじゃないと思うが)微量に悪戯なモノを含む声音。
ガイの背後に、まさに神出鬼没という言葉も相応しく現れたのは言うまでも無い。
ジェイド・カーティス、その人だった。
ガイの方を(シーツの隙間からとはいえ)見ていた筈の俺が何で気付けなかったのか。
気になるものはあるが、きっと世の中知らない方が良いことも在るんだろう。
齢17歳(正確には7歳)にしてそんな世の理を悟るルークは、敢えて追求をしなかった。
その代わりといっては何だが、先の言葉に対して疑問符を返す。
「にしても何だ、…ジェイドも知ってんのか? 『七夕』の話」
「知っていますよ、それなりに有名な話ですし。
……聞いてみたいんですか?」
「ぁー…まぁ、聞けるもんなら聞きたい、かな」
疑問符に対しての疑問符にそう答えれば。
仕方がありませんねぇ、などと苦笑と共に毎度の言葉を返される訳だけど。
…それでも、その表情が何処か楽しげに見えたのは。
きっと、気のせいじゃない気がした。 |