【 宙船 : ソラフネ 〜第二章 Phase-03〜 】



 迎えの者だと名乗ったこの男は、どうやら第一印象に違わず随分と胡散臭い奴だった。


「……なるほどね、まさか預かり先がわざわざ迎えに来てくれるとは思わなかったぜ。わざわざのご足労、感謝…だな」

『いえいえ。恩のひとつも売っておけば後で此方の言う事を聞いてもらいやすい…という予測が、お話に窺った貴方の性格から求めたシュミレーションで九十%の確立で出てきたものですから。是非実行せねば、と。別に失敗しても此方は困りはしませんし』


 次に相手が口を開いて出てきたのは、はっきり言って今男が浮かべている表情にはあまりにも似合わ無い言葉だった。
 思わず耳を疑って見返した相手は、ニコリとやたら爽やかな笑顔だ。爽やか過ぎて胡散臭い。というか、言動からして既にもう白どころか灰色を通り越して真っ黒なのは言うまでも無いんだが。
 …どうやら今回世話になる相手。少なくともこの男を見る限り、なかなか難しい相手の様な気がする。少なくとも普通の艦長じゃねぇな…こんなのを従えてんだから。

 そんな偏見交じりの思考を展開してるなどとは思いもしないだろうが、一応ポーカーフェイスにだけはしておいた。
 何とはなしに、知られたら恐ろしい気がする。これは勘だが。


「……まぁ良いが。えぇと、名前ぐらいは聞いても良いよな?」

『そうですね、妙な名前で呼ばれるのは真っ平御免ですから。……ルカ、と申します。短い間かもしれませんが以後宜しく?』

「…一々、一言多い気がするんだが」

『ははは、すいませーん。自分に正直なもので』


 どんだけ正直なんだ、どんだけ。もはや駄々漏れじゃねぇかよ。
 本当は俺なんかを自分の艇に乗せたく無いんじゃねぇのか? 思わずそう疑ってしまいかねない。嫌われてるんだから歓迎されてんだか、今ひとつ分からないというかな…相手方の考えが読めない。


『別に嫌ってる訳じゃないのでご安心を。私は万人に対してこういう態度ですし…大体、乗せたくも無い相手には一秒たりとも遭いたくはありませんしね。わざわざそんな事で時間を浪費するぐらいなら、まだ艇のシステムチェックでもしていた方が余程良いですから』


 あぁ、そうですか…一応嫌われてる訳じゃあ無いのか。とはいっても、気に入ってもらえてるとも思えないけどな。ま、男に気に入られてもあまり嬉しくは無いけどな。
 そんな感じでゲッソリしている俺の眼前で、ルカと名乗った男の映るものの後ろに隠れる様に展開されていたもう一枚の仮想ディスプレイの中で、ヒメがこっそり声ではなく文字として発言を送ってきているのが見えた。


[[……ガイ、ガイ…ルカは何時も本当にこんなのだから、あんまり気にしちゃ駄目だよ?]]


 しかしこれは疲れる…どうにかする方法は無いのか?
 こいつの弱みとかさ。お前、情報屋なら調べてくれよ。依頼料はツケにしといてくれて構わないから。


[[あー……無理。その依頼、時々くるんだけどね…主にルカに関わった人とかから。でも、ガード固すぎてぜんっぜん情報入って来ないの…本人自ら情報封鎖【プロテクト】かけてるみたいで、潜入【ハック】かけてみてもガセとか残念賞とか妙な仕掛けメッセージしか見付からないんだから。……まぁ、情報蟲【ウィルス】とか仕掛けられてないだけ、救いなんだろーけどね?]]


 諦めて、慣れるしかないと思う…と俺の表情から聞きたいことをしっかり読み取ったヒメの回答に、思わずため息がおちた。
 完全に遊ばれてんじゃねぇかよ。それなりの辺境地域にまで調査網が網羅されてると世間で評判のヒメの所で駄目なら、他でも大体全滅だな…このルカという男、やはり只者じゃない。ルカに対する胡散くさ度が更に二割り増しだな。

 そんな馬鹿なやり取りに気づいているのか居ないのか、当の本人は涼しい顔をして控えて居るわけだが。


『あはは…ルカ、お久しー……』

『おやおや、ヒメさん。先日ぶりですね。今回はまた、貴女らしいトラブルを巻き起こしたみたいですが』

『…あは、あはははは…えと、その……スイマセンデシタ』

『素直で結構です。早く、ドジっ子認定から抜けれる様に頑張ってくださいね…結果は期待していませんが』

『は、はぃ…』

『とりあえず、彼は此方で案内させていただきます。貴女は本来の業務に戻って頂いて構いませんよ』

『あぅ…ご、ごめんねー? 手間取らせちゃって……また、この借りは返すから』

『この程度、主からすれば借りでも何でも無いと思いますが…気持ちだけは受け取っておきますよ』

『う、うん……あ、それじゃ、またね? ガイ。―――…頑張って?』


 通信画面の中の人同士の会話が途切れ、ヒメの分の仮想ディスプレイだけが掻き消えた。
 …しかし、何だ最後の不吉な発言は。頑張るような事あるっけ? あぁ、こいつとかもっと濃い性格かもしれない先方の奴等に早く慣れるのを頑張れって事だろうか。何にしろ、俺にとってはあまり嬉しい意味は無さそうだ。

 しかし…変わってるな。艦長の事が何だろうけどさ。自分のリーダー格を「主(あるじ)」と呼ぶとは。大体は艦長、とかそういうのだろうに。まるで貴族だ上流階級だのが雇っている執事か何かみたいだな…やばい、ルカなら似合いそうだから困るぜ。
 ふとそこまで考えて顔を上げれば、呆れた様な視線とぶつかった。


『百面相は終わりましたか? …そろそろ、移動を開始してもらうつもりなんですが』


 ……見てたなら、言ってくれよな。いやまぁ、言うだけ無駄なんだろうが。
 本日何度目になるだろう。ため息は中継駅構内にある鐘が正午を告げる音に飲み込まれ、掻き消えてしまった様だった。
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