【 宙船 : ソラフネ 〜第二章 Phase-02〜 】



 そんなこんなで、幾らかの軍資金(何でも「ツケにしておくからねー」だそうな)と簡易地図そして銀河鉄道の切符を手渡され帰宅した俺は、それ程多くも無い貴重品や必要な器具等を纏めてその翌日に旅立った訳だ。非常にドタバタと慌しい出発になったが、初めて乗る事になった銀河鉄道は時期的に観光の季節を逃していた事もあり、比較的空いていたのが救いではあったかもしれない。
 これで、もう一ヶ月後ぐらいになると年末という事で帰省客だの観光客だので混雑しだすからな…今回みたいにのびのび寛ぎまくる、なんてのは無理だったのは想像に難しくない。まぁ、とはいえ嬉しさ半分厄介さ半分の用事はまだ始まったばかり。これからが大変かもしれないんだから、あまり楽観視はするべきじゃないのかもな。

 しかし、今回の遺跡調査。モノがモノだし俺的には興味がありすぎて困るネタだ。面倒な頼まれ事ではあるが、首尾良くこなせば、もし旧時代の遺跡じゃないとしてもそこそこの調査報酬が貰えるとの事。しかももしかしたら、もしも運が良ければ…世紀の大発見が待っているかもしれない。


「さぁ、て…と。んじゃあ、まずはここの情報屋と連絡をとらねぇと、だな」


 ヒメ曰く、今回世話になる事になる奴らは随分と人前に出たがらない性分らしく、基本的に赤の他人と接触を取る際は滞在している地域の情報屋経由で連絡を取る…という何とも面倒な手段を取るんだそうな。
 とはいえ。一つの宙域には、惑星上は勿論のこと宇宙空間にあるコロニーや衛星そして今俺が居る星系内中継駅など、場所を選ばず情報屋と名のつく業者が大量 に居る訳だが、今回は俺が銀河鉄道に乗る事を事前に連絡しておいてくれたらしくわざわざ出向いて来てくれているらしい。一応、中継駅を活動の拠点としている情報屋の店で待ち合わせ…という手筈になっている。
 なっている、の、だが――…


「……そういや、その待ち合わせ場所って…どこだよ」


 …迂闊だった。良く訪れる星系なら、程度土地勘というかそれに近いものはあるんだが…まったく未知の地域だったのを忘れていた。おかげで情報屋の場所すら分からないという情けない状態だ。イイ年して迷子かよ……まいったぜ。
 仕方がない。腕に巻いていた腕時計型のWC(ウェアラブルコンピュータ、つまり俗に言う携帯情報端末装置だな)に触れ、通信システムを立ち上げた。勿論、今回の俺の依頼主にあたるヒメと連絡を取る為だ。待つ事数秒…呼び出しを知らせる電子音が途切れると、仮想ディスプレイが眼前に展開されるのと一緒に嫌というほど耳に慣れた声が聞こえてくる。


『あ、ガイじゃん。やっほー、っと…ぁ、ちゃんとビミリア星系中継駅に着けたみたいだねぇ。良かった良かった』

「良かった良かった、じゃねぇよ。困ってるんだからな?」

『ほぇ? 何でー? 後は、目的地目指してゴー…ってだけでしょ?』

「お前な……ここの情報屋の事は教えてくれたけど、場所まで教えてなかったろ。俺に」

『…………ぁ』


 ヒラヒラと、まるで子供の様に画面向こうから手を振ってくる様子に半眼になりつつ告げた事実に、相手は見事に動きを静止した。石になる音が聞こえてきそうな硬直具合だな。もっとも、そんな音がする訳も無いんだが。

 しっかし…コイツ、素で忘れてやがったな。こりゃ。
 時々、素でボケをかましたりど忘れするから天然とか言われるんだ。本人、自覚が欠片どころか微塵もないので救いは無いが。これで情報屋なんぞという記憶する事が重要になりそうな職業をよくも見事にこなすもんだ、と思わず呆れてしまう。
 …とりあえず、情報屋の居場所を教えてもらわないと俺としては動けない。さっさと座標データを転送してくれれば、後はDCPS(深宇宙座標軸測位システムの略称だ)で何とでも出来るんだが。


『ち、ちょっと待って。すぐ、座標を送るから』

『――…その必要は、ありませんよ』


 …?
 何だか聞き覚えの無い声が聞こえた気がするんだが。
 気のせいだろうか。

 今、お前何か言ったか? 或いは、何かそっちで声を出した奴は居るか?
 …そんな内心の思いを乗せた怪訝げな視線を、虚空に浮かぶディスプレイの向こうでわたわたしているヒメに送ってみた。が、どうやら違うらしい。向こうも向こうで、頭の上にクエスチョンマークを浮かべて首を盛大に横に振っている。更に、振りすぎたせいで眩暈がしたのか。ふらふらよろめいている様子までを観察した所で、首を思わず傾げた。


「…気のせいか?」

『おやおや、その歳でもう幻聴が聞こえるんですか? 若年寄は大変ですねぇ』

「…。……。………」


 どうやら、気のせいでは無かったらしい。
 再び場に響いたハキハキとしたテノールは、ワザとでは無いのだろうが嫌味にも聞こえなくは無い何がしかの含みを感じる…気がする。気のせいかもしれないが、少なくとも俺にとっては。何にしろ、からかっているのかそれとも本気で言っているのか今ひとつ伺えない口調で紡がれた言葉は、嫌味以外の何者でも無かった訳だが。
 ったく、誰が若年寄だ誰が…! 失礼にも程があるぜ?

 しかし声の主にも文句のひとつは言いたいもんだよな。姿も見えないのに声が間近で聞こえたら、誰だって幻聴かと思うってもんだぜ? 紛らわしい事をやらかしてるアンタが悪い…とな。若年寄云々で他人に文句をつける暇があるなら姿を見せろってんだ。


『はっはっは、怒られてしまいましたねぇー…まぁ、一理あります。失礼致しました、とでも言っておきましょうか?』


 俺の文句に対し、反省心だとか謝罪の精神だとかまぁとにかくそういった諸々を欠片も含んで無さそうな声がまた響くと同時。
 ヒメの姿を映すものの隣に、控えめに展開されるもう一枚のディスプレイがあった。その向こうでは、微笑を浮かべどっしりとした重厚な書斎の机に行儀が悪い事に腰をかけ、足を組む長身の男の姿が窺える。

 その容姿は、男の俺からしてもなかなかの二枚目と言っても良いものだ。平々凡々、至って普通の凡人並な俺とは大違いで、切れ者…と言った感じがする。 どこか冷たい印象を相手に与えるアイスブルーの双眸を薄い硝子越しに細め、くいっと眼鏡の位置を指で直す仕草も、その長く鮮やかな金糸を手で軽く払う仕草もやたらと決まっていた。
 どうやら、これが先ほどの声の主らしい。


「……どちら様だよ」

『今回、貴方の身を預かる事になる者の使い…と言えば、御理解頂けますか? ヒュルーメニ嬢から、御話は伺っている…と聞いていますが』


 正直。自分より容姿が良い男というのは見ていてあまり面白くない。…悲しい男の性ってやつだ。
 だからという訳でもないが、その時の俺の口調は若干憮然としたものであり初対面の相手に向けるには少々失礼なものであった訳だが、男は気にした様子も無く肩を竦めてみせる。
 それはどこか芝居がかった仕草で、時折深夜などに放送している大衆喜劇(俺はそんなに見ないので良く知らないが、コメディ番組…とか何とか言ったか? )のワンシーンにも似ていた。軽く首を傾げて見せているのは、本当にご存知ですか?…とでも言いたいのかもしれない。

 何にしろ、どうやら座標データを転送してもらう必要は無くなったみたいだな。相手方からこうして迎えらしきものが来たんだから。
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