【 宙船 : ソラフネ 〜第二章 Phase-01〜 】


―― 何事にも、始まりと終わりがある
    それは人生は勿論、全てのモノの結末として

       その事実を、努々、忘れてはならない
         終わりあっての始まり
           終末なくして、何事も始まりはしないのだ ――

             ―― そう……
                 その始まり方が、例え、どんなものであろうとも ――

哲学者サルトル(新世紀××年没)著『転輪する万象についての考察』


※ ※ ※


□■ 恒星歴2075年12月某日 銀河鉄道ビミリア星系中継駅 ■□


 長旅は何時になっても慣れないものだと思う。
 長時間じっとしていると、色々と痛くなるからだ。特に今回の場合は、こう、随分と下品で申し訳ないが…ケツ、っーか臀部とかな。座りっぱなしってのもなかなか辛いものなのだ。とはいえ、その分随分良い景色を見れた訳だが。

 観光客で賑わう時期になると、一ヶ月前から満席と有名な銀河鉄道。それに面倒事を頼まれたついでとはいえ乗れるとは思わなかったので、個人的にはちょっと嬉しかったりする。
 何といっても、この銀河鉄道……その古式ゆかしいSL風(旧時代でも随分古い、乗り物の一種の名前らしい)の外見ながら恒星間移動能力は最新鋭のものが使われているらしく随分中は快適そのもの。長距離を旅するというのに、下手な星間連絡艇を使うよりもずっと早く移動する事が出来るのだから有難い。
 ……まぁ、お値段はそれなりにお高い訳だが。

 ただし、今回の旅…良い事ばかりではないようだ。随分椅子が柔らかすぎたみたいで、普段安物の椅子にしか座らないし座れない考古学者なんざやってる俺には合わなかったらしい。おかげで、漸く地上に降りれた今では腰だの何だのとにかく痛くてたまらない。
 年寄りじゃあるまいし…何て声が聞こえてきそうだが、長時間慣れない椅子に座ってるって辛いんだからな!? しかしこれは、一等客席なんぞという大層なものに乗るなというお告げか何かか? とりあえず、痔にだけはなりたくないもんだがな。



 さて、日頃俺が住居を構えているペネロペ星系(ちなみに、この駅があるビリミア星系とは星系三つほど離れた場所にある)は第一惑星トミュテリから、だいたい片道四時間近くかけて出てきた理由は面倒なお使い事……というか頼まれ事が原因だったりする。
 それは昨日の事だ。


「あのさー、ジュニアジュニア。ジュニアってさ、旧時代の事とか研究してるんだよねー?」


 ジュニア言うなジュニアと。しかも連呼かよ。俺にはちゃんとした名前があるだろうが。苦い顔をして振り返り様にそう文句をいってやれば、ぷぅ、とまるで子供が拗ねるみたいに頬を膨らませて俺を睨みつけてくる視線とぶつかった。コイツは昔からそうだ。何処か仕草が子供っぽいというか幼いというか……これでもう二十歳を当に越えていたりするのだが、妙に似合っていて違和感がないから非常に困る。特に対応に。

 とにかく。俺の幼馴染であるヒュルーメニ=アシュタールことヒメという女は、そんな俺の内心に気付いて居ないのかそれとも気付いていて敢えて無視しているのか(俺的には後者も無いとは言い切れない)は知らないが、執務机か何かだろう。やたら重厚そうな木製の机に肘をつく、という些か褒められない態度でティーカップに口をつけつつ重ねてのたまう。


「だって、ジュニアはジュニアじゃん。お父さんと同じ名前でしょ? ミドルネーム以外」

「だからってそういう呼びも嫌なんだが俺は」

「もー……文句多いなぁ。だからって名前で呼ぶと嫌な顔するくせに」


 まったく困った奴だ、とでも言いたげな表情は慣れたものなので無視しておく。というか、何でお前はニヤニヤしてんだニヤニヤと…俺の顔に何かついてるってのか?

 確かに……親父の名前をお古で貰ったみたいであまり好きになれない、というのは些か子供染みた発想ではあると自分でも自覚はしている。が、自覚する事と納得する事はまた別問題だろうが。名前なんざ記号だ気にするだけ無駄だという奴だっているが、たとえ記号だろうが何だろうが呼ばれて気分が悪くならない記号で呼ばれたいってのが、俺の本心なんだから仕方無いだろうが。

 そんな内心の想いをたっぷりこめたため息を大袈裟について、椅子に腰掛けたまま足を組みかえる。眼前のテーブルに用意されていた紅茶を手に取って一口啜った。
 ったく…何だか急な用事だっていうから自宅から急いで(といっても俺の自宅からここまで来るのに、歩きでも三十分とかからないんだがな)来たっていうのに。俺をからかって遊ぶためだけに呼んだってんなら、茶だけ貰って本気で帰るぜ? 俺は。


「ぁ…駄目駄目、まだ話終わってないんだから! うぅー…機嫌悪くしたのなら謝るから、待って待って!」


 俺の態度に、 本気を敏感に感じ取ったんだろう。わたわた、と擬音すら聞こえてきそうな様子で慌てて椅子から立ち上がればこちらまで駆け寄って来たヒメは、俺の両肩に手を置くと上から押さえつけて来る。半眼で頭上を見上げてやれば、其処には予想外な事に泣きそうな顔が覗き込んできていて…やれやれ、これではどっちが 悪者なんだか分かりゃしないな。少なくとも、さっきまで(多分)からかわれていたのは俺だった筈なんだが。
 あぁもう、そんなへちゃげた顔してんじゃねぇよ。嫁の貰い手無くなるぜ?


「………余計なお世話だもん」


 口をへの字にして呻いてはいるが、頭を撫でてやると途端に機嫌を直す様はまるで猫の子だな。まぁ、機嫌を直したのなら調度いい。さっさと本題を話して貰わないと俺としても子猫の遊び相手代わりに来たんじゃないからな。


「帰らないから、本題を話してくれよ。旧世紀関係の話なんだろ?」

「うん、そう。ちょっと待って……んしょ、と」


 ヒメはひとつ頷いて執務机まで取って返して行ったが、直ぐに俺の横の席に戻ってくるとちょこんと腰掛けた。その華奢な手の平には、直径5センチ程度の透明な球体が鎮座している。
 パッと見、飾りか何かに使う様なただの水晶球に見えるが実はこれ、仮想空間像転写機【プロジェクター】なのだ。この機械は、架空の虚像の中にまるで自分が 立っているかのごとく見せてしまうという代物で、その表面を拙い手つきでヒメがポチポチ押してやると起動したらしく一度七色に輝き…途端に周囲が漆黒に染まる。視界に映り込むのは一面の星の海、手近にあった接客用の椅子と机、そして仮想空間像転写機を手にしたヒメと俺の姿くらいだ。後は全て星空に飲まれてしまったかの様に消えうせている。
 それと引き換えに周囲に浮かび上がったのは、数多の銀河系の群れ…現在人間が知りえる宇宙空間、その立体地図だ。無数に煌めく星々のその姿は、初見の者が見たらあまりの圧巻に声を失うだろう美しい光景といっても間違いはない。…とはいえ、慣れた者からすればそれ程のものでも無い。地図は地図なのだ。それにやはり本物が一番だからな、うん。まぁ、そんな事はさておき。

 ヒメがその地図の一角を選択してやると途端に光景は一変し、一つの太陽と二つの月、そして四つの惑星とその衛星が公転と自転を繰り返しつつゆっくりと動いている姿が大映しにされる。
 …俺はこれまで色んな場所に行って来たもんだが、見慣れない星系だな。しかも、どうやら辺境と呼ばれるに相応しい場所らしい。普通なら惑星の傍に超高速航法に入る為の門【ゲート】を擁した宇宙駅【ステーション】があるものだが、少なくともこの地図上にそういった開発が行われたという情報は無いようだ。各惑星にも、人が暮らしている星系なら大体目だった開発跡(未開の地を拓くのに、惑星改造【テラフォーミング】を行うのは基本だからな)が見受けられるものだがそれもない。…無人なんだろうか?

 宇宙の縮図が展開される眼前に俺は手を伸ばし、手元に展開された仮想パネルを叩いてこの地図に対しての詳細を呼び出してみた。その内容によれば、この地図は少なくともつい二ヶ月ほど前に更新されたばかりらしい。…地図が古くて未開発状態のまま、という物では無い訳だ。しかし、こんな辺境が一体何だって言うんだろうか?


「結論から言わせてもらうんだけど……ジュニア…じゃなくてガイには、この星まで行ってもらうつもりなんだよね。これ、うちの別荘近くの星系にある一惑星なんだけれど調査して欲しい場所があるの」

「調査、ねぇ…?」


 先程の事を思い出したのだろう。慌てて呼び方を訂正(しかし、訂正して呼ぶのが俺のミドルネームの略称ってどうなんだ)しながら、ヒメはゆっくりと動いている小振りな惑星のひとつを指差した。地図上からでも緑のない、ひどく荒れた灰色の大地が広がっているだろう惑星だ。
 ここに行って何をどう調査しろというんだよ。というか、まずここまで行く手段が俺的には問題なんだがな。ろくに開発も行われてない場所に行くには、航路も整備されて居ない場所を飛ぶんだから個人所有の星間航行艇が必要になってくるぞ? 勿論、赤貧学者な俺にそんな大層な代物を維持する金は無いけどな。


「だいじょぶ! 船なら、ちゃんと確保してあるから。うちを良く利用してくれるお客さん何だけどね…この話を振ったら、興味を持ってくれてねー。費用も格安で行ってくれるらしいの。艦長さん、私の一番の友達だから身元もバッチシだしねっ。…それに、今回の話、ガイにも悪くないものなんだよ? それなりに、ちゃんと見返りはあるんだから」


 この幼馴染。実は現在、実家の跡取りとして情報屋兼貿易商みたいなものを営んでいるんだそうな。それも随分と羽振りが良いらしい。
 親から継いだ仕事だそうだが…こいつの場合、情報集めついでに副業でやってる貿易の方が随分と黒字を出してくれてんじゃないかとは思う。金銭に絡む事となると途端に凄い手腕を見せるからな…以前買い物に付き合わされた際、値切りに値切って半額レベルにまで落とし込んだ所を目撃して思わず引いた……という嫌な思い出がある。
 しかし、随分仕事の速い事だ。もう船まで用意されてる…って事は、俺はもう断れない状態な訳だな?  あちらさんとは、既に話がついてるってんだから。そうなんだろ…と視線で問い掛けてやれば、極上の笑顔が返ってきた。大正解らしい。相変わらず無茶苦茶な奴だ。


「…一体こんな辺鄙な場所に行って、俺に何の得があるってんだ?」


 出来るだけ嫌そうな顔をして問うてやる。その内容によっては、ホイホイ笑顔で出向いてやらないじゃないぜ…まぁ余程好条件じゃないと行く気なんざ起きないけどな。そう前置いたというのに、幼馴染は不敵な笑みのままだ。にやり、と何かろくでもない事を考え付いた子供みたいな笑顔で余裕綽々と頷いた。


「ふふ、言ったねー?  じゃあホイホイと出かけて来てもらうんだから……実はねー、この惑星、旧時代の遺跡があります。しかも未発掘!」


 …。……。………。
 ちょっと待て。
 今…何て言った?


「むっ、ちゃんと聞いてなよー…だから、この惑星には、未発掘の旧世紀の遺跡があるんだってば」

「ま、マジか!?」


 それは、旧世紀を研究する多くの考古学者にとっては夢の様な宝物だ。

 どれ程の宝物なのか一般人にも分かりやすく説明すると、数年に一度行われる恒星連邦公認の全星系年末宝くじの一等が当たる様なものだ。ちなみに、一等の配当金は五十億G。一生遊んで暮らして、金が余りすぎて困る程の額だったりする。
 この宇宙広しと言えど、旧世紀の遺跡は本当にレア中のレア。そこに至る航路すら失われているだけあって、滅多にお目にかかる事は出来ない。噂によれば、未発掘の遺跡の存在を発表しただけで学会での注目度は鯉が滝を登って龍に成る程上がりまくる事は必定…とも言われていたりするのだから余程だろう。更にはその文明の起源を明らかにすれば…しかもその旧世紀の技術を復活させてしまったりした日には、世界の偉人として名を残すのは間違い無い話なんだからな。

 旧世紀研究を日頃行う学者が喉から手を伸ばしてでも欲しくなるもの…それが、未発掘の遺跡という訳だ。
 しかし基本的に身近に存在が確認されている遺跡は各星系を治める国家なり自治組織なりが調査・管理していて余程高名な考古学者でも無い限り気軽に立ち入る事すら不可能(入る事自体は不可能じゃないが、かなりの手続きと期間が必要という感じだ)だったりする訳で…私有地に存在するモノでも無けりゃ弄る事すら無理なのだ。
 それが、ポンと。こうも簡単に。しかも幼馴染の所から未発掘遺跡の情報が転がってくるとか一体何がどうなってんだ? 夢でも見てるんじゃなかろうか、と頬をつねるが痛い…どうやら現実らしい。


「そ、それ、他の奴とかは!?」

「知らない知らない。まだうちしか手に入れてない極秘情報。というか、別荘の新築に惑星開拓を始めたら偶然見つけてねー…とりあえず、あんまり詳しいデータは無いんだけどどうも旧世紀の遺跡っぽいって感じらしくて。だから調査しとくべきかなぁ…と」

「……ま、マジか……。あ…俺を連れてってくれるらしい艦長は、大丈夫なんだろうな? 情報漏えいとかは…」


 この情報を先に有名どころに持ってかれたら、俺なんかの出る幕は無い。
 そして、星から星に渡る奴らってのは情報自体を売り買いする事も普通にやるものだ。実際、マナーのなってない奴らとかだとそういう情報の転売みたいな事も平気でやらかすから、不安ではあったんだが。


「そっちは絶対大丈夫。他とつるんだりしない一匹狼なやり方で何時も宇宙を旅してる人だし、口外秘密だよ…って言ったら絶対約束は守ってくれるもん。それに、純粋に遺跡を探検するのは好きだけど、中の物を持ち出したり暴いたりするのは滅多にしないし、しても最小限に抑えて遺跡保護に努めるのがポリシーなんだもん。その艦長さん」

「そ…そう、か……」


 思わず詰めていた息を吐き出した。緊張して声が震えていた気もするが、そんな事を気にする程の余裕なんざ欠片も無い。世紀の大発見かもしれない情報が、俺だけの手元にある訳だ。これが落ち着いていられるものか! これが幼馴染の前じゃなけりゃ歓声の一つも盛大にあげたい気分だ。勿論、そんな姿を見られた日には末代までこいつの場合語りついでいきそうなのでやらないでおくが。
 …しっかし、何だって俺にそんな貴重な情報を投げてくれた上に、調査の機会までくれたんだ? コイツ。やろうと思えばもっと高名な奴らとか呼べるだろうに、金も甲斐性も悲しい事にそれ程無い俺にわざわざ無償で情報を投げるなんて幾ら幼馴染っていっても勿体無いだろうに。
 俺が疑問符でいっぱいの頭でヒメを見れば、あいつは小さくそれはもう綺麗に笑ってこう言った。


「そりゃそうだけどー…一応それっぽいとはいえ確証は無いし? もし間違ってたら恥ずかしいじゃん。それに、ガイがしっかり有名になって稼いだらちゃんと十倍ぐらいにはして返してくれるでしょ? しかも、そんな有名人の幼馴染…なんて更にお客さん、増えそうな話題だもん。先行投資ってやつだよ。ガイなら、たとえポシャってもこっちはそれ程痛い目に遭わないし」


 …。……。………。
 どうせ、そんな事だろうと思ったよ…流石は俺の幼馴染、って事だな。
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