封印の地への、再侵攻。
黒い太陽と自らを称するアルシエルとの再戦。
多くの探索者達の強力な助力の果てに、脅威は討ち果たされた。何らかの契約によってあの地に縛られていたらしいアルシエルは、「『彼』の封印は解かれるだろう」という不吉な囁きと闇を生み出していた不思議な槍を残して立ち去ってしまった。
──それから、数時間の後のこと。
「……あの槍、手に入らなかったのは本当残念……」
「エルゥさん、それ、もう何度目?」
何だかんだでひとつの大きな山を越えたという事で、一端は補給基地まで戻る事にした帰路の中、オルキヌスが呆れ混じりに返す。櫂を漕ぐ手は止めないままだが、それでもその金の視線は相手を見つめていた。船の舳先近くでどこか憂鬱な表情で水面に手を差し入れてため息混じりに呟くエールステゥの姿を、だ。
「何度だって言うよそりゃあ! せっかくの遺物だったんだもの……」
アルシエルの残した槍は、探索者の中の誰かを主と決めたのかひとりでに動き出して消えてしまった。誰が受け取ったかもまともに確認出来ていない。何にせよ個人的持ち物となったからには、流石に調査のために差し出してくれとは言えない。だからこそ諦めなければいけない事をしっかりと理解はしているのだが、感情がまだ納得していない……という顔で、エールステゥはぼやいた。
「アレを調べればアルシエルの言っていた存在についてだとか、或いはあの不可思議な空間についてだとか、色々判ることもあったかもしれないって思うとどうしても悔しいんだよね」
『汝の遺跡狂いもそこまでくれば天晴よな』
もはや感心するしか出来ない、とばかりに呻く黄金のランプをエールステゥはツンツンと突っついて返す。
「別に狂ってるつもりは無いんだけど」
『自覚が無いのもどうなのだ。汝、遺跡や遺物と聞けば目の色を変えるではないか』
「……考古学からするとね。些細なものでも過去を知る材料になるの。それは壁土の一欠片やゴミにしか見えないような劣化した骨の一欠片でさえもね。未だ現存する道具……それも武器や武具類ともなると、当時の技術力の一端すらそこからは見ることが出来る。……重要視するのも当然だと思わない?」
『むむむ……』
噛んで含めるような説明に思わず黙り込むランプの魔神から視線を外し、エールステゥは海を見た。舳先が水を切り裂くように進めば、青い水面には船の残した軌跡が波紋を残して続いている。海はどこまでも穏やかだった。先日までの騒がしさが嘘のようでもある。
夜までには補給基地に到着することは出来るだろう。消耗品や食料を補充したら今日はそこで一泊して、翌日には再び旅立つ予定だ。アルシエルを退けたことで海路は開かれ、集った人々からの情報をまとめた結果様々な海域へと赴くことが出来るらしい事もわかっている。
もはや残された海域は唯一つ。
最奥の海域、星の海《ディーププラネット》。
今までとはまた違った形で危険な場所だと聞いている。
そこへ向かいたい気持ちはあるが、どうするかはまだ悩み中だ。
「…………そろそろ、この旅も終わりが近いね」
「そうだね」
しんみりとした空気を感じたのか。オルキヌスが控えめにそう呟いたのでエールステゥは頷いた。此処までやってくるのに思ったよりも沢山の時間がかかっていた筈だが、それでもあっという間だったようにも感じる。大きな厄介事が、滅んだとされた海に秘められていたのはさすがに想定外だったが。
しかし何が前にあろうと自分達は進むのだろう。その確信を持って、エールステゥは瞳を伏せる。例えどんな悪路であろうとも、あらゆる手を駆使して踏破してのけるのが冒険者の流儀だ。世界が違おうと、そのやり方が変わることはありえない。だからこそ。
「何にせよ、補給基地についたら晩ごはん食べないとね。英気を養うためにも」
「どんな料理があるかなぁ……?」
『出来れば美味いものが良い。旅の最中と大して変わらん料理でないと良いが』
カタカタ、と蓋を揺するランプの魔神にエールステゥはそっと笑った。
「大丈夫だよ。……少なくともイワシ料理以外もあるとは思うしね」