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6日目 |
「今日はどうだい。具合は良いかい?」
「ぁー……まぁ、ぼちぼちって所かな。まだ序盤も序盤だから仕方がないのかもだけど」
「ナルホドねぇ……まぁ無理せず頑張りな。ほら、余り物だけど」
「わぁ! ありがとうございます!!」
それじゃあ、と船を出し去っていく中年漁師の背中をエールステゥは見送る。彼は自分がこの世界に放り込まれて直ぐに世話になった人だ。海底探索協会の支部がある人工島(幾つもの船を繋げたりして出来たものなのだと後で知って驚いたものだ)に送り届けてくれた人物でもある。探索者として正式に認められた後の買い出しに訪れた市場で再会し、それ以来こうして偶に近くを通りすがると挨拶してくれる様になったのである。
「本当、親切な人だよね……」
受け取ったばかりの品を見下ろした。この近海は浅瀬で取れる貝だ。掌半分程度の少し細長いその貝は見たことがあった。旅の仲間であり漁師でもあるオルキが、先日素潜りして取ってきてくれたのを食べたからだ。火に炙ってやれば硬く閉じられた蓋を開けるので中身をいただく訳だが、コリッとした歯ごたえのソレは特に味付けしなくても海水の塩味が旨味を引き立てるので大層美味しかったことを思い出す。
元々新たな海域に漁場を探しに来たのだ、とあの中年漁師から聞いた話を思いだす。これも売り物のひとつだろうに、と思いつつも受け取ってしまったのはその好意を無下には出来ないからだ。
とりあえずこの貝は今日の晩御飯の一品にしよう、と思いつつも今度は身に付けている紅の魔石に視線を落とす。この世界に来た当初、あの漁師とは会話すらままならなかった。お互いの言葉がまったく通じなかったからだ。それだというのに、今こうして問題なく交流が出来るのはこの魔石のおかげなのだ。スキルストーン、と言われていたか。
エールステゥは船縁に腰を下ろす。今は海中探索の順番待ちだ。今日は風が少し強く船が流されやすいから、と見張り番に一人、船に残ることになったのである。今頃、オルキともう一柱の仲間であるランプの魔神は海の深みを探っている事だろう。
遺跡探索はまだこれと言って目ぼしいものは見つかっていない。海底探索協会の庇護化からは離れた場所に船出し始めたばかりなので成果がすぐに出る訳ではないにせよ、そろそろ何らかの目印なり目星なりがついてくれても良い気はする。まぁ、こればかりは運の要素も強いので探すだけではどうにもならない部分なのだろうが。何といっても、何一つヒントもなく無作為に探ることしか現状では出来ないのだから。
そんな事を思いながらエールステゥは魔石を撫でる。不思議と仄かな温かみを宿すソレに、思い出すのは……スキルストーンを手に入れた時の経緯とやりとりであった。
■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■
海底探索協会には、エールステゥが本来暮らしていた世界の言葉が通じる職員が少なからず居るようだった。もっとも、それは片言ではあったのだけれど、それでもまったく通じない状態よりは遥かにマシである。エールステゥはその職員からこの協会の成り立ちと目的を聞き、探索者の一人になる事を決めた。
元の世界に帰る方法はまだ見つからないが、それに役に立ちそうなのはあの『門』だ。謎の技術で造られた、石の『門』。しかし、既に沈黙し動き出す気配も見せないあの遺跡を解析するにはあまりに情報が足りない。ならば、この海域の遺跡を調査し知識と技術を解明する手がかりを得なければならないだろう……と考えたのだ。それには、この海底探索協会の求める探索者という立場はちょうど良かったのである。
もしかしたら、似たような遺跡が見つかるかもしれない。或いは、あの遺跡を扱う技術の一端が得られるかもしれない。そうでなくても、遺跡探索には大量の人員が集められて来るのだ。そういった人々の中には、解析の手助けになる情報や技能を持つ者もいるかもしれない。それを思えば、探索者になるという選択は一番賢いやり方だろう。
そうしてエールステゥは探索者としての仮登録を終え、最低限の必需品を受け取ったのである。とりあえずこの海底探索協会支店から出るために歩きながら、職員から手渡された袋の中身をチラリと覗き見る。入っていたのは、蒼の魔導石。とりあえずの間の軍資金、そして翡翠色の魔石だ。
魔導石、というそれはこの世界で術式を扱う者が良く使う触媒であるらしい。このテリメインの海はそれ自体が独自の力を内包していて、それの影響で異界から来た者は能力が制限されてしまうのだが、この世界の素材で造られた様々な武器を使う事でその制限を多少は緩和できるのだ……と職員から説明された時は、ナルホドとエールステゥは思ったものだ。
あの『門』を調べながら精霊術だけでなく、自分の魔力を使った様々な術式を使ってみようとしたが全て発動しなかった事を思い出したからだ。アレは全て、この海の影響だった、という訳である。術の触媒が手に入れば身を守ったり闘う手段もある。得物を失った身としてはありがたい、と思いつつも次の品を見た。
軍資金として手渡されたのは革袋に詰まっていたのは貝の形をしたお金である。自分が扱っていたのはspと呼ばれる銀貨や或いは金貨などだったから、コレはとても物珍しい。一枚二枚ぐらいは元の世界に戻る時に持って帰りたいかもしれない。何にせよ、お金があるならば装備を整えたり食べ物を得たりも出来る。ホッとしつつ、最後の品へと視線を向けた。
スキルストーン、と呼ばれるその魔石は何でも水中での行動を補助してくれるものらしい。硬貨よりも小さいぐらいのその石を不思議そうにソレを眺めるエールステゥに、海底探索にはこれがないとまず話にならない、と職員は教えてくれたものだ。
コレひとつで呼吸・通信・転送も行える便利な品だという。海中での戦闘などで危険な状態になったら安全な場所に転送してくれる機能まであるらしい。一石二鳥どころか何鳥になるのだろうか、という機能の大盤振る舞いだ。こんな便利な石は見たことがない。元の世界にもあるならば、どれほど便利だろう。
そんな事を思いながら歩いていたからか。或いは手にした袋に気を取られていた為か。
ハッ、と気づいた時には遅かった。
軽い衝撃。
思わず崩れるバランス。
転けそうになるのだけは何とか踏みとどまったが、手にしていた袋が手から滑り落ちる。
そして、重い音と共に床に落ちた袋から衝撃で飛び出した翡翠色のスキルストーンは、どこかへと転がっていってしまった。慌てて視線で追ったが、場所が場所だ。海底探索協会は大量の人でごった返していたのもあって見失ってしまったのだ。流石に探そうとしても、これは流石に厳しいし誰も足元なんて見ていないので拾われる訳もない。下手をすれば蹴り出されたり踏まれて割れてしまうだろう。物が然程大きくない事もあって絶望的な状況だった。
「海底探索にはアレが必須って言ってたのに……どうしよう……」
流石にうっかりにしても致命的なミスに、エールステゥがどうしたものかと途方に暮れた、その時である。
「…………、ほぅ……おぬし、何やら困っておる様じゃな」
「っ!?」
いつの間に側に居たのか。直ぐ真正面に、一人の人影が立っていたのだ。幾らスキルストーン探しに集中していたとしても周囲に気は配っていた筈だから判らないのはおかしい程の至近距離だというのに、まったく気付かなかったことに鳥肌が立つ。警戒心が、素直に礼を言おうとした口を閉じさせた。
しかし相手はそんなエールステゥの様子など気にしても居ない様だった。どこか面白そうな、或いは楽しそうな声が聴こえる。
「何じゃ、鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしておるぞ? ……流石に人が多いこのような場所で立ち止まるのも邪魔じゃろうて。とりあえずは少し離れようではないか。せめて落ち着いた場で話をせねばな」
言うが早いか踵を返す。それどころか、コチラの返答も待たずにスイスイと人の波から離れていく背に慌ててエールステゥは後を追った。どういう意図で接触してきたにせよ、敵意は感じなかった相手だ。話をして見るくらいならば、試しに付き合ってみるのも良いかもしれないと思ったのである。
……もっとも。
理由はそれだけでは無かったのだが。
※ ※ ※ ※ ※
海底探索協会の支部から外へ、そして更には市場を潜り抜け、二人がたどり着いたのは人混みからはそれなりに離れた波止場の一角だった。大小様々な種類の船がアチコチに係留してある。漁師や或いは探索者のものだろうソレを横目に、此処まで導いた謎の人物は桟橋に腰を下ろした。少しだけ逡巡した後、エールステゥもまた少し距離を開けて隣に座ればチラリと相手を窺った。

思わずその姿を観察してしまったのは、この人物の格好が普通ではなかったからだ。
エールステゥよりは幾分小柄な身体を覆う白や紺の色が入り交じる長いローブは、性別を曖昧なものとしていた。ただ、長い袖口から少しだけ覗いている指は細く華奢な印象を抱かせた。呪物なのかそれともただのアクセサリーなのか、首には大きな勾玉のネックレス。更に頭にはウィンプルにも似た物を被りその合間からは短い白髪、そして一房だけ長い紫紺の髪が窺えた。
そして一番目を引くのは、その顔だ。
いや、正確には顔ではない。その人物は、顔の前面を完全に隠してしまう様に白い仮面をかぶっていたのである。形状は酷くシンプルだった。目の部分に穴が開いている以外はその縁近くに金のラインが描かれている程度で、パッと見てメンフクロウを思わせるデザインをしている。
一見して、正直な感想をいうならばどう見ても不審者……といった所だろうか。先程、支部内で親切な言葉をかけてくれた相手に思わずエールステゥが警戒してしまったのも無理のない話であった。
「クフフ……そうマジマジ見られると流石に面映いのぅ」
「……! ご、ごめんなさい……つい、気になっちゃって……」
「善い善い。奇異の目には慣れておるでな」
笑う声は仮面越しなせいかくぐもってしまっていて、その性別を更に謎めいた物にしてしまっている。口調や余裕のある雰囲気からは年経た者がもつオーラにも似た何かが漂っていた。仮面の奥で笑うように瞳を細める気配。
「さて、それにしても……おぬし、先程は何を困っておったのじゃ。あの様な混雑する場でしゃがんでおってはうっかり怪我をしかねんぞ?」
「それは、その……色々と事情がありまして……」
話してみろ、と言いたげな視線を感じて苦笑いを返せばエールステゥは少し迷った後口を開く。話した所で特に問題はないし隠す必要性も感じない、と判断したからだ。
そして、探索者登録の後必要な物を受け取ったのは良いがぼんやり考え事をしていたせいで誰かにぶつかり、その衝撃でうっかりスキルストーンを落として失くしてしまった……という事情を聞けば、仮面の人物は呆れたような溜息を落とす。
「何というか……おぬし、確りしとる様に見えてわりとドジじゃったりせんか? 或いは運が悪いか」
「そっ……そんな事は、多分無いと、思う……けど……ええと」
否定しようとしたが何だか否定しきれない気もして口籠る。何と言っても、こんな世界に跳ばされてしまった件を考えれば不運だとは言えるし、その際に使い慣れた武器を紛失したのはドジと言えるかも知れないからだ。思わず視線をそらすエールステゥにやはりカラカラと笑った仮面の人物は続ける。
「しかし探索者、かぇ。……海に潜り遺跡を探るとなれば、スキルストーンがなければ正直辛いじゃろうな。アレが在ると無いとでは、動きやすさが格段に違うでな」
「そ、そう……ですよね……」
改めてそう言われてしまえば、落としてしまった事への後悔にズキリとエールステゥの胸が痛んだ。本当、どうしたものか。自分のミスで失ったのだ。まさかもう一度下さいとは言えるわけもない。
沈む気持ちにつられるように、エールステゥは俯く。自分のこれからの未来に立ち込めてきた暗雲に思考が沈み込みそうになる。……その時だった。
「スキルストーンかぇ……ふむ………………どうにか出来る方法が無くはない、かもしれんな」
そんな事を、仮面の人物が言い出したのは。