19日目

 苦手なヤツと、嫌いなヤツ。
 そんな者は誰にだって居るものだ。

 かく言うガルムも勿論例外ではなく、その豪胆で気ままな性格からは意外に思われそうなものだが苦手なヤツも嫌いなヤツも存在していた。
 どちらも古くからの付き合いがあり、長い間腐れ縁とも言っていい仲にある相手だ。最も、互いに好き好んで馴れ合うつもりもなく端から見ればそれはいっそ疎遠とも言える程の間柄だった。年に一度顔を合わせる程度。そんなモノだ。

 そのタイミングがこんな時だなんて。

 良く聖職者が口にする神なんぞ信じても居ないが、もしもコレがその天の何者かの采配だというのならば正直ぶん殴りたい。それが現状のガルムの偽らざる気持ちである。


 彼らは言うならば、ガルムからすればあまり顔を合わせたくない、他人の様な知人。
 そんな奴らだったのである。





※  ※  ※  ※  ※





「……で、そういう訳だ」


 手短に現状を説明し終えたガルムは眼前、テーブルを挟んだ反対側をソレはもう嫌そうな顔で見た。

 ニコニコと陽気すぎる笑顔と、ウツウツと暗すぎる陰気な顔がそこには並んでいた。
 陽気な方はルイ・エクトル・シルヴェストル、陰気な方がヒプノス・ヴァレスティという。どちらも冒険者で、よく二人で組んでいるらしい。勿論ガルムも不可抗力から組んだ事があるので全くの他人ではない。とはいえ、友人やら仲間やら言われると、それこそ鳥肌が全身に走る程嫌な相手なのだが。


「なぁるほどねぇッ! しっかしエルゥ嬢もまた久々に先走ったものだよッ! まあ、それに気づかなかったキミもキミだがねッ!!」

「うっせぇわかってらぁ!」


 無駄に煩いルイの発言に顔をしかめるガルム。実際、あの時ガルムは隣の部屋で寝ていた訳でまったく気づけ無い、という状況でも無かったのでこの指摘は少々痛かった。
……まあ気付くには少々難しい状態だったのだが。これが普段のままだったならば確実に気付いていた自信はある。
 だからこそ、ルイの指摘に反論が出来なかった訳で、それでも憮然とした表情で視線をそらす。依頼が一段落したその夜だったのだから、気が抜けるぐらいは誰だってするもんだろうが。その表情には、口には出さないがそう言いたげな気配があった。

 勿論、ルイとて一旦そんなガルムを責めこそすれどその表情を読み取れないほどに無神経でもない。ソレ以上の追求はせず、ふぅむと唸る声を上げた。


「エルゥ嬢を転移させた遺跡、か……なかなかに興味深いねッ! そうは思わないかいッ? ヒプノス氏!」

「フン……キミに言われるまでもないヨ。そういったモノは……彼女と、ボクの専門だからネ」


 話を向けられ、不敵に鼻を鳴らすヒプノス。黒ローブのフードを外し、晒された白髪を指先で弄ぶ男のその瞳には確かな自信の光が見て取れる。


「どうせ、脳筋の馬鹿には解け様もない問題だろうが……ボクには関係ない話サ。ホラ、さっさとその遺跡にボク達を案内するがイイヨ。スグにでも、星海ゲートをこじ開けて見せようじゃないカ」

「相変わらず一々突っかかってくる男だなテメェ……」

「ハッ! 彼女の後をウロチョロついて歩いていたクセをして、護る事一つ出来ない男には言われたく無いネ」

「そんなに言うならテメェがアイツに直談判して同じチームに入りゃイイじゃねぇか!」

「そんな真似が出来る訳が無いダロウッ!? ボクはひっそり見守りたいんだヨ! キミみたいに図々しく側に在るだなんて……そんなコトになったら、申し訳なくてボクは死んでしまうかも知れないヨ……」

「……相変わらずヒプノス氏はトコトンシャイだねッ」

「シャイっつーか……コイツはただの壊滅的ストーカーなだけだろ」


 嫌悪感も顕わにガルムは呻く。

 そう、このヒプノスという男。実力こそ一級品のモノだという話なのだが、何を隠そう致命的なまでにダメダメなストーキング魔なのである。それもエールステゥ専門の。

 前に嫌々チームを組んだ際に少し耳にした話では、どうやら彼女とヒプノスは古い知り合いなのだという。ソレだけではなく、どうも借りなり何なりが色々あるとかで深い恩義を感じているらしい。そこで終わればただの義理堅い誠実な男、で終わるのだがそうは行かなかったのが最大の悲劇かもしれない。彼はその恩人を半ば崇拝する勢いで尊敬し、あがめ、そして神聖視しはじめたのである。
 結果、誕生したのはシャイなのか変質者なのか良くわからない、実力だけは確かに備えた冒険者のストーカー男だった。勿論、エールステゥ当人は知らない。なんと、あの敏い彼女でさえこの男のストーキングには気づけていなかったりするのだから世も末だ。……まあ、その辺りは何やらタネはありそうなのだが。少なくともガルムには見破れなかったし、まさかヒプノス本人が馬鹿正直に教えてくれる筈もなく……今に至る、という訳である。

 この男こそが、ガルムが最も嫌う相手だ。正直キモい。本当に心底そう思っている。もしもこんな自体でなかったら、協力なんてしたくない……そう思う程度に。


「まあまあ……ケンカするほど仲がいい、というがキミ達、そろそろ遠慮してくれないかねッ?」

「誰が仲がイイ……だッ!?」

「こんな脳筋ゴリラと仲良しだなんて死んでも嫌だネッ!!」

「アッハッハッハッハ! 照れない照れないッ!」

「「照れてないッ!!」」


 思わずハモる二人をよそに、ルイはそれはもう楽しそうに笑うのだった。











※  ※  ※  ※  ※





 結局アレから数刻後……色々と合間にあったものの、男三人は海の上の人となっていた。《アクエリア》の方から一言口添えをしてもらったお陰で借りれた小さな船を操るのは、勿論遺跡の場所を熟知しているガルムだ。そのその操船技術はエールステゥのものより格段に洗練されていて、潮の流れを的確に掴み目的地まで到着するのにかかる時間は僅かなものだった。
 遺跡真上の海上で漂う、遺跡調査中に休憩所として使っていた簡易フロートへと小舟を停泊させ固定させながらガルムは海中を覗いて見た。潮の流れは至って正常。波も殆ど無く、風も穏やかな今は海中探索にも悪くなはいコンディションである。


「ココの真下が、話にあった遺跡かなッ?」

「嗚呼、そうだ。まっすぐ潜った先に入口があるはずだぜ。そこから入って一番奥が、問題の星海ゲートのある部屋になる」

「なぁるほどなるほどッ!! ……ではッ! 早速拝みに行こうじゃないかッ!!」


ジャカジャァンッ!!

 耳障りなほどに掻き鳴らされる竪琴の音。
 思わず顔をしかめたガルムや、舌打ちするヒプノスを横に気にした様子もなく、ルイが陽気に歌いだす。


「嗚呼~~♪ 潮風爽やか海深く~♪ 我呼ぶ水底の声がする~~♪ 舞えや踊れや水乙女~♪ 我が歌声に道を示せ~~♪」

「ウルセェ!!」


 このルイという男。竪琴を持ちジャラジャラと目にも煩い鮮やかな衣装を身に着けている姿から察する者もいるかもしれないが、俗に言う〝吟遊詩人〟というヤツの端くれである。その声は七色の歌声と言われ超絶技巧の使い手であり相応に名も知られた立場であるらしい。真面目にコンサートなど企画すれば飛ぶようにチケットが売れるとも言われるほどだ。
 ……そう、真面目にしてさえいれば。

 ルイが真面目なのはそういう、コンサート等の大舞台だけだ。後は真面目とは名ばかりのおふざけ(としか周りからは認識できない)全開のアッパラパーでしかない。その上トンチキな歌を気分で急に歌いだしたりと正直奇人変人の類としか言い様のない言動を見せるのだ。
 冒険者としてのルイは、無駄に声がでかく、基本的に空気を敢えて読まず、どこまでもマイペースかつハイテンションに賑やか煩いだけの男でしか無いのである。その上、どれだけ皮肉を言われようと超ポジティブな前向き解釈による誤変換を行う為、これっぽっちも効果がない。

 社交的で有能な癖に、その濃いすぎる気質から長くルイとチームを組めた者は殆ど居ないという噂も、あながち間違いではないのだろう。


 ガルムがこの世で一番苦手な男である。実際、一時的とは言えチームを組んだガルムをして「よほどの自体でなければもう二度と組みたくない」と思わせた相手なのだから。





 結局、苦虫を噛み潰したような顔で呻くガルムを他所に、ルイはトンチキな歌を三番まで歌いきった所で満足したように歌うのをやめた様だった。ヒプノスはと言うとそんな様子には慣れっこなのか歌うのを辞めたのを目視した途端に耳から耳栓を取り出して懐にしまいこんでいる。


「時間の無駄ダヨ。精霊を呼ぶならもっと短縮シテ」

「嫌だねぇヒプノス氏ッ! それじゃあ風情がないじゃあないかッ!」


 どうやら先程の珍妙な歌は、精霊術の呪文詠唱代わりだったらしい。
 吟遊詩人の中には精霊術を扱う者も多く、ルイもその使い手の1人である事自体はガルムも知ってはいたが……ここまで無駄の多い使い方をする者もそうは居るまい。げっそりした顔でため息を吐くガルムを横に、ヒプノスが口を開く。


「風情とかどうでもイイカラ。……で、効果はどのクライ?」

「大体、多めに見積もって三時間分ってところかなッ! 防水完備ッ、呼吸万全ッ! 動きの補佐までしっかりしてくれるさッ!!」

「了解ダヨ。……じゃあさっさと行こうか二人トモ」


 まるで硝子の球体の様に感情の色が薄い真紅の瞳を一瞬だけ寄越して、ヒプノスはさっさとフロート端から海中へと飛び込んだ。盛大な水音が上がり水柱が立つが、その滴はガルムの体を濡らすことはない。確かに、ルイは水の精霊に働きかけて全員に加護を与えていたようである。


「普通にしてりゃ本当に有能だろうにな……」

「ンッ? 何か言ったかいッ?」

「いンや何にも。……俺達もさっさと行くぞ。あのストーカー魔を放っとくのはマズいからな」


 ヒプノスの手によって遺跡がもしも起動出来たとして、あの男は勝手に1人だけホイホイ先に行ってしまってもおかしくはないのだ。一緒に行動する誰かが遅れているからと言って待ってくれるような協調性は欠片も望めない男だからである。
 ましてや、ストーキングの邪魔になりそうな存在相手ならばこっちの世界に残したままゲートを閉じる……なんて事さえやりかねない。なるべく目に見える場所で監視しなければいけない要注意人物なのだ。

 そんな訳で、ガルムはルイの返事を待たずに水中へと飛び込んだ。視界を埋める青が、空のものから海のものへと代わり、それがどんどんと深く暗くなっていくのを感じながらも体は濡れることはない。普通に水中へ潜るより遥かに早く水底へと……遺跡へと沈んでいく体を感じながら舌を巻く。あんなトンチキなやり方ではあるが、ルイの精霊術の技術はエールステゥより上回る事を、身に沁みて理解したからだ。
 本当に真面目であったらどれほど頼りにされたろうか。致命的な欠陥を抱えている男が自分の後を追うように海中へと飛び込んだのを、水音で確信しつつもガルムは下方を見た。

 さして大きくはない、でも確かに広がる遺跡の姿がうっすらと見え始めている。



 きっと事態は動くだろう。
 それが幸いに転じるか、それとも災いを招くのか……其処までは予測できないが。
 確かな確信を胸に、ガルムは水底へと降下していく。


「……せめて、アイツの安否だけでもどうにかわかりゃイイんだがな」


 そして可能ならば、元の世界に連れ戻せるといい。
 そんな事を思いながら。