水面から外へと飛び出した一定の大きさの陸地。
それがすべての常識とは言わないが、一般的に『島』と言われたら誰もがそういった光景を脳裏に浮かべることだろう。勿論サイズはマチマチだ。ちょっとした湖や池のど真ん中に浮かぶモノから、広大な海から覗く巨大なものまで……島、と呼ばれるものには種類がある。
しかし共通する点はある。
つまりは、それは水の上に存在するものだ……という事だ。
例えどれほど小さかろうが、プカプカ水に浮いていようが、逆に大地と水の下では繋がっていようが……世に存在する『島』と呼称されるものは水の上のものである。それが基本だと思っていたし、当たり前だと思っていた。
その常識は、どうやらこのテリメインでは通じないらしい。
「わあああああ! オルキ君、ランプさん! 凄いよ! 見て見て!!」
「うわぁ……!」
『何なのだコレは……』
漁船を伴っての空間転移。それが可能なのだろうか、と心配していたがどうやら無用のものだったらしい。壁画とともにあった不思議な輝きを宿す遺跡は、触れた者と同時に関わりの深いものを同じ海域へと転移させていた。
その衝撃は予想していた以上に軽い。一瞬空中に放り出されたようなそんな感覚に続き、直前までは赤く染まった水中だったというのに、気がつけば視界の中には水面があり、あっという間に水柱が四つその場に立ったのだった。海に落ちた漁船と人間二人、そして魔法のランプ一個分……である。
幸いだったのはさほど高い位置から落ちたわけではなかったという所か。せいぜい水面数十センチ、といった具合だったので腹を強打することもなく安全に水中に沈んだわけだが……その矢先、眼前に広がった光景にエールステゥ達は目を見開いた。
そこは、たしかに青い海の中だった。
その筈だった。
しかし、青に霞む水底には決して小規模ではない都市の残骸が静かに佇んでいた。マリンスノーと珊瑚や海藻の群生と大小様々な水中生物の影、その向こう側に無数の建物が海中山脈のように存在を主張している。その全貌を見ることはさすがに出来ないが、それでも規模が大きいと感じられるのはアチコチから仄かに覗く淡い輝きのせいだろう。
それはチラチラと深い森の中で揺らめく篝火の明かりにも似て細やかだったが、けっしてその数は少なくない。何といっても都市の姿を浮かび上がらせる程度には明るさを齎しているのだから。
「海中島の海《アトランド》……海底探索協会の支部なんかで噂には聞いてたけど、まさかコレほどのものとはね!」
『コレが、……《アトランド》だと? この、水中に浮かぶ無数の遺跡群を乗せた島々が?』
「すごい光景だなぁ……島って言えば海の上に浮かんでるもの、みたいな印象が強いから違和感が激しいや」
漁船に戻ることも忘れて、それぞれに感慨深げに周囲を見回す。此処が水中でないならば、海ばかりが広がるこのテリメインでも数少ない島として有名になっていた事だろう。そう思わずにはいられないような、見事な光景だった。
「地殻変動か何かが起きたんじゃないか、って説もあるらしいよ」
「チカクヘンドウ……?」
「大地には色々な要因で強い力がかかる事があるんだよ。その力が強いと、地形が大きく変わってしまうことがあるんだ。場合によっては、地上にあった土地が海に沈んでしまうような事も有り得るんだ」
「この海でもそれが起きたってこと?」
「どうだろうね、そうと一概には言えない感じだけど……まだまだ情報が足りない、っていうのもあるからね」
『ふむ…………あの明かりは何なのだ?』
ランプからにょっきりと伸びた大きな腕が、遺跡のアチコチを輝かせている仄かな灯りを指差す。
その問いに、エールステゥは苦い笑みを浮かべた。
「現状はまだ不明、だね。嘗ての古代文明の名残だとか、或いは遺跡は行きていてアレはその輝きだって話もあるけれど……そのあたりは要調査。それが私達の今の仕事だしね」
『ふぅむ』
納得したのか、それとも何かしら思うところがあるのか。
黙り込むランプの魔神から眼下の遺跡群へと視線を向けながら、エールステゥは瞳を細める。
謎の影のこと。
七つの光と武器のこと。
大陸の勇者のこと。
この遺跡には、その全てに答えを出せる〝何か〟があるのだろうか?
「本当………浪漫満点、だねぇ」
高揚し昂る気持ちを抑えようと試みながら、ポツリと呟く。
落ち着かなければいけない。何と言っても、自分の一番の目的は元の世界に戻る為の技術探しなのだから。
しかしその金の瞳には、隠しきれない程に強い好奇と探究心故の輝きが宿っているのだった。