21日目





「ほぉらッ! ご覧よッ!! ちゃんと起動出来ただろうッ!?」

「フン……ボクの見立てが間違っている訳が無いだろう?」

「マジか」


 海中は、今や蒼の輝きに満ちていた。
 あののっぺりとした壁面が続くだけの味気ない遺跡は、別人のように姿を変えている。周囲の壁には蒼の光が軌跡を奔らせ、無数の図形や文字、或いは紋様を描き出していた。あまりに眩しすぎて、ガルムは顔を顰めるしか無かったくらいだ。この状況がつまり、本来の遺跡の姿……というコトなのだろう。

 正直、殆どの守護者が半起動状態だった点からしても完全に壊れた遺跡でも無いのはわかっていたが、こういう形で活性化している姿というのはとても新鮮だ。下手に壁面を触ると何か起きそうでガルムはおっかなびっくりと海中に身を漂わせている。
 一方。その眼前で同じように海中に浮遊している他二人の男はと言うとそんなガルムの様子を気にするでもなく壁面やらそこから生えてる『門』やらに取り付いてアチコチをいじっている真っ最中だった。


「あのな……触るのは構わねぇが、ぶっ壊してはくれるなよ!? 正直不安しかねぇわけだし……!!」

「やあやあ全くガルムは心配性だねぇッ! この程度で壊れる訳がないかッ! ネェ? ヒプノス氏ッ!」

「フン! ソコの脳筋が触るんじゃないんだからネェ? 壊す訳がないだロゥ? 大体、仕組みだってボクは殆どを把握してるンだからネェ?」

「仕組みねぇ……」


 皮肉げな眼差しと声を投げてくる白髪紅瞳の男へと胡散臭いものを見る眼差しを返しながらガルムはぼやく。


「本当に分かってンのかよ? ただ時間をかけたら偶然動いた、とかじゃないだろうなぁ?」


 そう言って視線を向ける先。遺跡入口へ続くポッカリと開いた部屋の出口の向こうは、海底の遺跡内だから……というだけではなくやたらと暗い。いや、今は遺跡が起動中らしいから多少は明るいが、それがなかったら闇に沈んでいるのでは……と思うくらいには暗く冷たい気配が漂っている。


 それもその筈。現在の時刻は真夜中だった。この遺跡に赴いたのが昼過ぎぐらいだったが、それから考えるとかなりの時間を海の上にいる事になる。実際、一度海に潜った後暫くアチコチ探索して回った結果時間切れがきて、またルイが水中活動補助用の精霊術を二度ほどかけ直した程である。

 それだけの長い時間をかけて何をしていたかというと、ルイとヒプノスは遺跡と周囲の海域を調べて回っていたのだ。
 エールステゥとガルムの集めた調査資料は元々この遺跡を無力化し調査しやすい形にするまでの間の事柄ばかりという必要最低限であり、情報が足りないと二人揃って言い出したからである。あの『門』を起動する為には現状では判断がつかない、と騒ぐ二人に根負けしガルムも数時間付き合わされた訳だが……結局この場に戻ってきたのは、夜も遅い時間になってしまったのである。

 これは潜るのは明日だろうか、などと思いつつ船を操りこの場に戻ってきたガルムは仰天した。アチコチが眩く輝き鮮やかに蒼の光に染め上げられていたのだから当然だろう。時間をかけて探りまわった結果がこれらしいのだが、その辺りは完全に門外漢のガルムにはよく分かっていない。

 結局、一体何がどうなってコレが動いているのか。
 首を傾げるガルムに、ルイとヒプノスは揃って不敵な笑みを浮かべてみせた。


「違うよッ、ガルム! コレにはちゃぁんと理由があるのさッ! そうだろうッ?」

「ソーだよォ? キミはこの遺跡が何で動いていると思っているのサ、ガルム・ルー・ガルー」

「……ンなコト言われても……魔力? とかゆーのじゃねーのかよ」

「ソコは大正解さッ! でも考えても見てご覧、普通、魔力はどこから捻出されるものだいッ?」

「ドコって……」


 ガルムは、エールステゥやルイやヒプノスの様に魔術と言った類の不可思議な力は使えない。元々そう言った技能と縁のない地域に暮らしていたというのもあるが、それだけではなく共に行動することの多いエールステゥの見立てによれば、ガルムには魔力と俗に呼ばれるモノを扱う力も溜め込む力も無いらしいのだ。
 だからこういった関係の知識は又聞きしたものしか無いわけで、険しい顔でガルムは問いに考え込む。


「…………そりゃあ、アレだ。大体はそういう術を扱う奴らが溜め込んでるモンなんだろ? よくすっからかんになったから術が使えない、とかいう話も聞くし」

「そうだねッ、簡単なモノから多少複雑なモノまで大体はそんな感じで使うのが一般的サッ!」

「デモね、キミ。こんな巨大な遺跡を動かす程の魔力ともなれば、ニンゲンの身には厳しいと思わないのカイ?」

「……む……そう言われてみれば」


 マジマジと『門』を中心としたこの部屋の中に、ガルムは視線を巡らせた。アチラコチラで遺跡が鼓動しているかの様に蒼の輝きが煌めき、満ち満ちている。

 この全てが魔力に寄って動いているらしいというのは聞いたが……確かにコレだけの規模のモノを動かすのに、ニンゲンの溜め込んだやつ程度ではあっという間にガス欠になるのでは無いかという疑問が今更ながらに浮かび上がった。いや、下手をすればガス欠どころかミイラになりかねないのではないか。
 強力な魔術を扱った魔術師がダウンしてぶっ倒れているところも見たことがある身だ。そのぐらいの想像力は働く。……だとすれば、一体ドコからコレだけのものを動かす魔力を得ているのだろうか?


「……まさか、オレたちから吸い出してるって訳じゃないよな……?」


 一人二人ならともかく何人からも吸い出せば多少は足しになるのではないか。
 ガルムが思い付いたことを口にすれば、呆れ混じりの視線が返された。


「キミは本当に脳筋ダナ。ソンな仕掛けなら、ボク達はとうの昔に死んでるヨ」

「この遺跡の動力は、自然界に満ちる大量の魔力なのさッ! ……もっとも、それも普通の状態だと全然足りないみたいだがねッ!!」

「うるへー! ……でもまあ、確かに足りてたら常に起動してるか」


 しかしそんな気配はなかった、とガルムは過去を思い起こす。エールステゥと訪れた時も、今日の昼間頃に一度潜って確認した時も、この遺跡は静かに佇んでいた。動き出す気配はカケラもなかったのだ。
 時間がやはり重要ということだろうか、と思いつつもガルムは術士二人に視線を向ける。


「時間というよりも、コレに重要だったのは環境とタイミング、サ」

「環境と……タイミング?」

「如何にもッ! ……ガルム。あの《アクエリア》の調査員はこの遺跡しかメインで解析していないんじゃないのかいッ?」

「……んん? あー……そういやそうだな。この遺跡とその直ぐ側の海ぐらいしか調べてなかったな……」

「ソレじゃあ駄目なのさッ! この遺跡は、遺跡そのものと周辺海域すべてを含めて一つの巨大な装置となっているのだからッ!」


 ルイとヒプノスは語る。

 この遺跡本体は巨大な転移術式の要の部分ではあるが、全てではないのだと。この遺跡付近を中心としたかなり広大な範囲の海そのものが一種の儀式魔術の舞台になっているのだ、と。
 明るい内に探索して回った周辺海域には、ガルムには分からないが知識のあるものには判別可能な魔術的な仕掛けがアチコチと存在していたらしい。その全てに断片状にこの巨大転移術式の情報は記されていたのだ、とルイは笑った。


「そりゃあ遺跡しか調べて無かったら、異世界転移の為の舞台という事しかわからなかったろうねッ」

「起動が可能なタイミングも、その為に重要な時期も、全て分割され暗号化された上で記されていたヨ。……ソノ解析結果を鑑みると……こうして起動中の遺跡に潜る事が出来るノサ」

「なるほどな……」


 それならエールステゥも気付かなかったのは当然だな、とガルムはため息を付いた。この遺跡だけで起動できるシロモノだったなら、その内容をいらんというのに詳しくレクチャーしただろう事は予想に易いからだ。
 ただそれでも、何らかの勘が働いたのか。それとも偶然だったのか。再びこの海域に戻ってきたエールステゥは起動する遺跡を見つけてしまった。


「…………アイツは何とゆーのか……変な騒動を吸い寄せる奴だよなぁ。いい縁も悪い縁も、というか」

「何も知らずに遺跡の起動に立ち会わせたなら、運が良かったのかもネッ! ……まぁ、ちょっとそれがイイコトとは言えない場合もあるわけだけどッ!」

「タシカに、彼女は運は強いと思うヨ……悪運とか、そういうのもダケド」


 三者三様にため息をつく。
 それぞれに色々思考回路が違いすぎる三名ではあるが、その認識は少なくとも共通であったらしい。





「……で、コレでアイツの跳んだ世界に今すぐ行けるのか?」

「無理だねッ!!」

「無理なのかよ!?」

「今は起動こそしてるケド、現状じゃ出力が足りないのサ。タイミングも重要だって言ったダロゥ? 異世界に転移するには……満月をまたないトネ」

「満月ぅ!? ……次は何時だよ」

「今日がちょうど新月直前だからねッ! 後、約半月待ちかなッ!!」

「マジかよ」


 一進一退。
 先はなかなかに長そうだ。

 ガルムは一度天を仰げば苦い表情で、がっくりと肩を落とした。