23日目

「おはよ、エルゥさん……って、大丈夫? 何だか顔色があまり良くないけど」

「嗚呼、うん……ちょっとね」


 アトランドは海上の宿泊施設の一画。それぞれの宿泊部屋を引き払い合流した途端、オルキヌスにかけられた言葉にエールステゥは苦笑を返した。聡い少年だ。何も言わずとも仲間の状態を気にかけている。聞いた年齢のわりに大人びた横顔に視線を向ければ、複雑な金の眼差しが返ってきた。


「体調不良とかなら、今日ぐらいは探索休んでも良いと俺は思うよ。無理に進めても良い事無いしさ。……一日ぐらい、問題ないと思うけど」


 そうオルキヌスが言うのも、まあ仕方がない話なのだ。エールステゥはここ最近、ほぼ休み無しにアトランドの遺跡群を調査していたからである。理由は明白。あまりに遺跡の規模が広すぎるのだ。
 この海域の一番の見所は無数の島々が丸ごと海中に沈んだような立地(と言って良いのか怪しい所だが)な訳だが、その島にはそれぞれにかなりの規模の遺跡が付随している。一つ一つ簡単に見て回るとしてもその規模は今までの比ではない。調査できる箇所を数字で表した場合、前まで居たレッドバロンが『1』だとするならこのアトランドの海は『10』どころか下手をすれば『20』或いはそれ以上になってしまうのである。

 自然、それを調査して回っているエールステゥにかかる負担は多くなる。勿論、ランプの魔神やオルキヌスが手伝いもするがそれにしたって焼け石に水。何よりまずお互いに知識に偏りがありすぎるし、エールステゥはエールステゥで二人が集めてくれた情報の中から求める情報を精査するだけでも一苦労する……といった具合なので、調査は結局遅々として進んでいないというのが現状だった。
 基本的に大規模な遺跡調査にたった三人、というのが土台無理な話なのだ。仕方がないとしか言いようがない。


 何にせよ、そんな日々が続けば疲労も蓄積しているのでは……とオルキヌスは気にかけてくれているのだ。彼自身、まだ見えなくなってしまった目の問題を解決できている訳でもないというのに。
 その事実に申し訳無さを感じつつも、エールステゥは改めて口を開く。


「本当に心配してくれるのは嬉しいし、有り難いんだけれど……体調不良じゃないの。夢見の問題でね。こう、気分がモヤモヤするというか」

「……本当?」

「こんな所で嘘を言っても、海に入れば嫌でも判るもの。本当のことしか言わないよ。……っと、到着だね」


 話しながら歩いている間に目的地に到着したらしい。
 周囲を見回して、エールステゥは目的のものを見つけると迷いなく歩み寄る。


『おお、やっと来たか。待ちくたびれてしまったぞ』

「魔神さん、お待たせ。お留守番を任せちゃってごめんなさい」

『何、構わん。どうせ常にランプの中に棲まう身だ。何処で休もうと我にはあまり関係がないからな』


 海上宿泊施設の外周にある桟橋の船置き場。その一画、浮いていたオルキヌスの漁船の舳先で吊るされ揺れる黄金のランプから響く声は、笑みの気配を滲ませながらそう返す。


「おみやげはちゃんと買ってきてるから安心して。スモークサーモンのサンドイッチとわかめチップス、後は絞りレモン入りの炭酸水だけど」

『上等上等。……味わうよりも前に、出航せねば……だが』

「はいはい、わかってるよ。……準備するから、エルゥさんは先に乗ってて」

「了解」


 桟橋に船を留めている舫い綱を解き、テキパキと出港準備を始めるオルキヌスを横目にエールステゥは漁船に飛び乗った。ゆらゆら揺れるのも気にせず買い込んだ消耗品を始めとした荷物を積み込み、舳先に吊るしていた黄金のランプを回収する。


『ちなみに今日は汝、どの辺りを調査するつもりだ』

「先日まで外周近くのポイントだったからね。今回はもっと内側の……島の中心地に近い都市群付近に行こうかと思って」

『早く何らかの手がかりでも見つかれば良いのだがな。こうも何も無いと、飽いてしまいそうだ』

「長生きの魔神さんでもそういう事があるんだね。ちょっと意外かも」

「……でもそんな気長なら、俺にこんなに繰り返し願いを早く叶えろー……なんて主張しないと思うよ」

「あっ……ナルホド」

『何がナルホド……なのだ、汝らは! 一体どういう認識をしているのだ、全く。……これは後で、我自ら説教を』

「はーい、出発進行! 揺れるよー!!」


 オルキヌスの櫂捌きの元、わいわいと船上も賑やかに桟橋を離れる漁船。エールステゥが見上げた先の空は薄曇り気味だが、それでも充分に青い空が覗いていて今日もいい天気になりそうだった。それはつまり、海中に差し込む灯りを確保できるというコトでもある。







「今日も良い遺跡調査日和になりそうだね!」

「……まぁ、良いけどさ……本当、無理しないでねエルゥさん。夢見が悪かったってコトはあまり眠れてないだろうし」

「もー……オルキ君たら心配性なんだから。ちゃんと仮眠とか休憩取りつつ調査するから大丈夫だよ」

『しかし、夢見が悪かった……とは。悪夢でも見たか。悪しき夢は魂を損なう恐れを招く……口に出し祓い清めるが良い』

「……うぅん」


 ランプの魔神の言葉に、エールステゥは複雑な笑みを返した。


「悪夢……とか、そういうのじゃないのよ。とても素敵な夢だったから」


 そう、決して悪夢などではなかったのだ。
 懐かしく、思い出深い、そんな夢だったのだから。

 ただ……


「……ただ、それを見てる私の気持ちの問題、なんだろうけど……ね」


 ため息と共に呟いたそんな囁きは、波音に紛れ。
 一人と一柱に届くことは無かった。