34日目

 最初の出会いは偶然だった。
 それからの旅は、色々な苦難がありつつも支え合いながら乗り越えてきた。

 出自も、目的も、年齢も、性別もバラバラな仲間達。

 過ごしてきた時間は、決して長くはない。
 でも短くもない。
 濃密で、それでいてあっさりと過ぎ去っていった時間をともにした彼ら。

 信頼がそこにあるのか、と問われればエールステゥは是と答える事だろう。
 積み重ねた経験と時間は、その問い掛けに迷いを抱かせないだけの理由を与えてくれている。


 だからこそ、と思う。

 何も聞かれないからと、惰性のままに進む時はもう終わりにしよう。
 ぬるま湯に浸る事はやめるべきなのだ。
 自らの全てを明かした上で、改めて彼らに協力を求めなければならない。

 それが今、エールステゥに出来る精一杯の誠意ある対応なのだから。





◆  ◇  ◆  ◇  ◆





「真面目な話がある……って、どうしたのさ。エルゥさん」


 物資補給ついでに久々に身体をしっかりと休めておきたい、という事で補給可能な宿泊施設に泊まる事となったのが夕方の事。夕食の際にエールステゥが「少し話がある」と招いた客の一人であるオルキヌスは、部屋に入るなり怪訝げな顔でそう問うた。


「そろそろ最後の海域も近いでしょう? だから少し、話しておきたい事があって」

「話しておきたい事?」


 とりあえず客室に備えられた小さな木組みの椅子にオルキヌスが腰掛けるのを見守りつつ、エールステゥは頷いた。


「二人にはまだ、言って無かったよね。私がこの海に来た理由を」

「そういえば……そうだったっけ?」

『汝は気にしなさすぎなのだ』


 椅子の側に同じく部屋の備品としてあった小さなテーブルの上で、カタカタと黄金のランプが揺れる。こぼれた声は呆れの色が濃いものだ。目線こそ見えないが、明らかにジト目でオルキヌスを見ている気配がする。


「まぁ、気にしないでいてくれたことはコチラとしてはありがたかったけどね。気楽では居られたから。……でも、さすがにそろそろ潮時かなって思って」

「潮時?」

「……道中、危険な目に合うことが増えたでしょう? これまでの海域より、このサンセットオーシャンは難易度が高い場所だと思うの。……それは同時に、此処より奥の海域がもっと危険かもしれない可能性が高いことを示していると思うの」


 どう続けるべきか。
 瞳を伏せて、ほんの数秒迷った後でエールステゥは口を開いた。


「でも、私はこの先も奥に行くべき理由がある。その為の覚悟も、勿論ね。……でも、オルキ君やランプさんはそうじゃないでしょう?」

『そう言われてしまえば、確かに……としか我には言えぬな』

「まぁ……ねぇ」


 ランプの魔神はあくまで淡々と、オルキヌスはどこか困惑気味に頷く。確かにそれぞれにこの海に居る理由は違うものだ。ランプの魔神は偶然とはいえ契約者となってしまったオルキヌスに叶えるべき願いを告げて貰う為について回っているし、オルキヌスは自らの意志で探しものの為にテリメインに来たもののその行き先は別段何処でも良い立場だ。
 こうして遺跡を巡って奥地に来る、というのは全て、エールステゥの願いをそれぞれに汲んでくれている結果でしかない。実際、エールステゥが望まなければ彼らはこんな危険な場所まで来る必要も無かったかもしれないのだ。


『しかし、汝の力だけでこの海を越え、ディーププラネットへ辿り着くのは厳しいと思われるが』

「うん、それは理解ってる」


 その事は誰よりもエールステゥ自身が痛感している事だ。
 本来揮える力の殆どを封じられた現状、一人きりでこの先に進む事の難しさは判っている。
 でも、とエールステゥは続けた。


「これからの旅はきっともっと大変なことになる。オルキ君にも、魔神さんにも危険な思いを沢山させてしまうかもしれない。それは、二人共望んでの道で無くても……ね。だから、私の事情を話すわ。その上で二人に決めて欲しいと思うの」

「…………わかった」

『…………うむ』

「ありがと、オルキ君。ランプの魔神さん」


 それぞれに神妙な顔で合意してくれた事にホッとしつつ、エールステゥは語り始めた。

 自分は本来、このテリメインとはまったく異なる世界に生きていた冒険者だった事。
 仕事で遺跡の調査を行っていたら、事故に巻き込まれテリメインに跳ばされてしまった事。
 元の世界に戻るために、転送装置だったらしい遺跡の事を知る必要があった事。
 言語も技能も封じられた身で帰る方法を探すには、海底探索協会の提案が渡りに船だった事。
 二人と旅をしつつ帰り道を探す中で、自分に特異な力がある事実が判明した事。
 ……そして、その秘密を知る存在が最奥の海域で待っている事。


「私は、だからこそ奥地に行かないといけない。元の世界に帰る方法を探したいのもあるけれど、今はそれだけじゃないの。自分の事を……知りたいと思ったから」


 そう言うエールステゥの表情は、しかし、苦痛を堪える様なものだ。


「でも、それを二人にはなかなか言えなかった。どうしても仕方がない事だって言っても、私は自分の為に二人を利用していた様なものだから……聞かれないのを良いことに、危険な場所に誘っていたんだから。怖かったのね。責められる事が」

「エルゥさん……」

「責められて当然なのにね。……駄目な大人でしょう?」


 複雑な表情のオルキヌスへと微苦笑を返してみせるエールステゥ。







『我らが汝を見限り、この地を立ち去るならば……汝はどうするのだ』

「私は……例え二人が引き返すとしてもこのまま先に進むよ。それがどれ程に危険だろうと、私は目の前にある謎を放ってはおけないから」


 ランプの魔神の問いに、即答する。
 この答えだけは決して変わらない。迷う気配すら無い姿には、覚悟が垣間見えた。

 一拍を置いて、エールステゥは続ける。


「だから二人は決めて欲しいの」

 真剣な金の瞳が、オルキヌスとランプの魔神を見る。

「先に進むか、それとも引き返すのか。そのどちらかを」