「準備はどうなんだよ」
「もう八割は終わってる感じだねッ! 暫く時化っていたせいで作業が進んでいなかったけども、この調子なら間に合いそうだよッ!!」
「今夜が問題の満月なんだろうがよ……本当に間に合うのか?」
「間に合うと言っているダロウ……落ち着きのナイ男は見苦しいってモノだヨ」
「……いちいち厭味ったらしい男は見苦しく無いんですかねぇー?」
遺跡と海の町〝アンブロシア〟からほど近い海上を漂う小船の上で、三人の男が言い合っていた。一人は船を漕ぎ、一人は竪琴をかき鳴らし、一人は古びた魔術書らしきものを手に作業しつつの言い合いである。それなりにイイ歳をした大の男が三人揃って見苦しいことこの上ないが、近場を行くのは海鳥ばかり。残念なことに静止するものは誰も居なかった。
「にしても、満月を待たなきゃならんとかクソめんどくせぇにも程があるぜ」
「仕方ないダロ。この広い海域全てを利用する超巨大転移魔法陣、全部を起動させる為の魔力はさすがのボクでも保有はしてないカラネ……」
「その為に、月の魔力を全開で利用する仕掛けを施しているって訳だねッ!!」
「……お前の精霊術と、そっちの根暗の古代魔術で補助するとか何とか言ってたか。マジで上手く行くんだろうな? それで?」
「試算では問題なく行く結果が出てたからねッ! ノープロブレムさッ!!」
「その為に丸二日も篭って二人がかりで試算に試算を繰り返してたンだ、上手くいかないワケも無いヨ。……ま、キミには説明した所で理解出来るかスラ怪しいモノだけどネ」
「口を開けば喧嘩売ることしか出来ねぇのかこのクソ根暗……」
とはいえ、実際にルイやヒプノスに魔術的談義を延々と垂れ流されたとして、眠気が訪れはしても理解の瞬間が訪れることは永遠にありえないという事はガルムにはよく判っていた。元より生まれ育ちからして人里離れた未開地域の密林育ち。学は無く、そういう方面に関しての知識を記憶するつもりも殆ど無いのである。当然といえば当然だろう。
適当に話を流しつつガルムは櫂を操った。二人に指示されたとおりの場所を通りながらの道行きだが、勿論これはただの様子見や遊覧などではない。今三人は遺跡を中心とした巨大な魔術装置……とも言えるこの海域全てをぐるりと巡っている最中である。基点となる遺跡の海上を通過しながら、術式の補助と強化のための楔をルイとヒプノスが打ち込む作業を行っているのだ。
これがわりと厄介なもので、適当な順番に巡ってはいけないらしい。何でも船の描く軌跡もまた一種の魔法陣じみた作用を持たせているらしく、厳しくルートを決められているのはその為である。正直面倒な作業とも言えるがコレが重要なのだと言われれば、普段はおちゃらけている部分も多いガルムといえど真剣にならざるをえない。
「……ったく、エルゥの奴。コレだけ俺に面倒な事をやらせたんだ。一ヶ月飯と酒を奢らせねぇと割に合わンぜ」
次の目的地へと船を進ませながら、思わずガルムはぼやきつつも自分の腰元にある重しに目を向けた。普段は身につけない腰に回した革ベルトには、一本の剣が鞘に収められ吊るされている。ルカーディアから預かった、エールステゥの得物である竜角の剣だ。今もどこかチリチリと熱の気配を内包しつつも、魔剣は静かにそこにある。
持ち主は今もあの『門』の向こう側で元気にしている事を無条件にガルム達は信じているが、それが正しいという証拠はどこにもない。アチラ側が自分達の世界と同じ時間経過の中にあるかは微妙だと、前にヒプノスが語っていた事もある。或いは、向こう側が人の住めない世界である可能性も同じだけある、とルイなども言っていた。
正直な話、最悪を考えればキリがない。否定できる要素は何もなく、だからこそ生存を望めない状況など無数に仮定することが出来る。もっとも、そんな無意味なことを考えるのは時間の無駄だ……というのが三人の(この三人で意見が一致することは非常に稀だが)共通の結論だ。
自分達は、自分達に出来る事をすればいい。
きっとエールステゥも、自分に出来る最大限の努力をしているだろうから。
「彼女に集るトカ……キミは相変わらず野蛮ダネ」
「ァンだとぉ?」
「私はイイと思うがねッ!! 私も是非ッ、ご相伴に預かりたいなッ!!!」
「お前は」「キミは」「「もっと遠慮しろッ!!」」
潮風に怒声が響き渡る。
……問題の満月の夜は、あと少しという所にまで来ていた。