36日目

 共に歩む、というのは難しい事だ。


 例えば同じ目的があれば。
 或いは何らかの標があれば。
 そういった歩みもまた、不可能ではないのだろう。

 だがしかし、何一つ本来ならば交わる筈のなかった道が交差した者達はどうなのだろうか?


 思いもよらぬ出来事が、細やかな切っ掛けが、出逢う筈の無かった者達を出逢わせた。
 偶然が生み出した微かな縁は、確かに存在こそするがあまりにも儚いものだ。



 そんな繋がりを継続させ、そして先に進ませるには強い意志が必要になる。

 ──勿論、その理由が皆、異なるとしても。





◆  ◇  ◆  ◇  ◆








「進むよ」


 強い断言に、エールステゥは目を見開いた。

 理由のない同行。
 ただの道連れに過ぎなかったオルキヌスの言葉はしかし、強い意志と覚悟の気配に満ちている。


「あぁ、進むさ。引き返すなんて選択肢はない、全く持ってない。あるはずがない」

『……汝……』


 その言葉には普段のオルキとは何処か違う『ナニ』かがある。
 覚悟を決めた死を恐れぬ戦士のような、気迫と威圧を含ませた声。

 その言葉に圧倒されていたのは何もエールステゥだけではない。
 ランプの魔神もまた、自身の契約者の強い断言に驚いているようだった。


『それが、汝の選択か。契約者よ』

「嗚呼そうさ。こればかりは譲るつもりは無いよ、魔神さん」

『こればかりも何も、汝が我に対して何か譲ったことなど無かろうに』


 黄金のランプから、ため息のように鮮やかな色の煙がぷすりと漏れた。
 カタリ、と一度だけ蓋が揺れる。


『……汝の想う様にせよ。我は汝に着いて行くだけの事だ。汝は我の契約者だからな』


 渋々といった声音ながら、それでも着いて行くと断言したランプの魔神にオルキヌスは苦笑した様だった。今後を思えば、まず願いを叶えるかどうかすら怪しいオルキヌスに着いて行くのは決して賢い選択とは言えないだろう。ココで契約を打ち切って、別の願い手に鞍替えしたほうが余程建設的なのは確かな話だ。
 契約そのものが後から改変出来ない面倒なものなのか、それとも何処までも魔神としての在り方に真面目であるが故なのか。何にせよ、敢えて苦難の道を選んだのは間違いない。


「……ま、とりあえずはさ。そういう事だよ、エルゥさん」

「本当に、良いの?」

「言ったじゃん。そんな選択肢は最初から無いんだ。俺にとってはね」


 軽く穏やかなオルキヌスの物言いだが、そこに有無を言わさぬ強い圧力を感じてエールステゥはそれ以上問う事をやめた。

 確かに、今でこそエールステゥの願いに従ってこうして一緒の行動をしているオルキヌスだが、彼がこの海域に元から暮らしていた者である筈はない。この海は滅びた場所であって、誰かの生活圏だったという話は聞かないからである。
 探索者は皆、違う世界からこの場所を知り訪れたか、或いは偶然に迷い込んでしまった者達ばかり。ならばエールステゥとは異なり、帰還願望も特に無くこうして探索の旅を続けていたオルキヌスもまた、自ら望んでこの海域に来ている者の一人である筈だ。

 敢えて異なる道を進むわけではなく、奥の海域へと向かうオルキヌスには彼なりの理由も目的もあるのかもしれない。





 そんな物思いに耽っていたから、エールステゥは気付かなかった。


「……私は進む。そこに答えがあるはずだから、あの耳長の女もそれを望んでるはずだから」


 どこか感情の薄い眼差しのままそう呟く、オルキヌスの声に。